ず、二人の方に向って、大ごえで、よびかけたものがあった。
「お二人とも、手をあげてもらいましょう。手をあげなきゃ、この機関銃の引金を引きますよ」
おもいがけない人間のこえだ。
(あっ、あの幽霊か?)
二人は、とたんに顔の色をうしない、こえのしたうしろをふりかえってみると……。
安全条件
「まあまあ、そんなこわい顔をしないで、おとなしくしてください。お二人とも、僕に反抗しなければ、べつだん、この機関銃の引金を引こうとも思いませんよ」
どこからあらわれたのか、二人のうしろに立っているのは、顔の黄いろい若い東洋人だった。
「貴様、どこの何奴《どいつ》か」
「僕の顔をみれば、大よそ見当はつくでしょうがな」
と、かの若い東洋人は、なおもゆだんなく、機関銃の銃口を、パイ軍曹と、ピート一等兵の方へ向けながら、
「僕の名前ですか。これをお二人さんは、ききたいとおっしゃるのですか。さあ、何といったら、一等わかりやすいでしょうね。そうですなあ、まあ、僕の名前は、黄いろい幽霊といっておきましょう」
二人は、幽霊ということばを聞くと、ぞっとして、首をちぢめた。
「黄いろい幽霊が、こんな戦車の中に、なに用があるのか」
パイ軍曹は、やっと、これだけのこえを出した。
「用事は、いろいろありますがね、まず第一は、お二人さんが召し上った林檎の代金を、こっちへもらいたいのですよ」
「林檎の代金、すると、あの林檎は、君の……」
「そうです。僕が持ってきた林檎です。さあ金を払ってくれますか。おやすくしておきますよ」
黄いろい幽霊は、くそおちつきにおちついている。
「金なんか、ない。たとい、あっても誰が払うものか」
パイ軍曹が、断然いいきると、黄いろい幽霊のもっている機関銃の銃口が、パイ軍曹の鼻さきへ、ぬーっと、のびてきた。
「お払いになった方が、おためですよ。お金がなければ、他の品物でもよろしゅうございますが……。ぐずぐずしないでください。では、只今、いただきに、うかがいましょう」
黄いろい幽霊は、パイ軍曹とピート一等兵のそばへ、そろそろと、よってきた。二人は、びっくりして、後じさりした。
「おうごきに、ならないように、引金をひけば、なにもかも、それまでですよ。よろしゅうございますか」
機関銃の引金をひかれては、たまらない。二人は、もううごくことをあきらめ、黄いろい幽霊の、するがままに、まかせた。
黄いろい幽霊は、二人のうしろへまわって、ポケットの中をさぐった。お金をとられるか、時計でも持っていくのかと思ったのに、黄いろい幽霊は、そんなものはとらないで、二人のポケットから、大型のナイフをぬきだした。それから、パイ軍曹が腰におびていたピストルも、うばってしまった。
「さあ、もう、ようござんすよ。手をおろしてください。からだをうごかしても、かまいません」
黄いろい幽霊は、満足そうにいった。
パイ軍曹は、面をふくらませながら、
「君は一体、何者だ。幽霊じゃないだろう」
と、かすれたこえでいった。
「幽霊という名は、あなたがたが、僕につけてくだすったんですよ。あなたがたは、僕が床にころがした林檎を拾って、たべてしまったじゃありませんか」
「ああ、あの林檎は、君の林檎だったのか。なぜ、林檎をもって、こんなところへ入っていたのか」
「それは、あなたがたが、どうでも勝手に考えてください」
と、黄いろい幽霊は答えない。
「じゃあ、もう用がすんだのだろうから、君は、戦車から出ていってくれ」
「あははは。パイ軍曹あなたは、もうこの戦車の中では、命令権がないのですよ。これからは、僕が命令しますからねえ」
黄いろい幽霊は、からからと笑うのだった。
幽霊指揮官
「こっちを向きたまえ」
と、黄いろい幽霊は、おちつきはらった声で命令した。
パイ軍曹とピート一等兵は、おずおずと廻れ右をして、黄いろい幽霊の方に向いた。
(あっ、こいつは、まさしく東洋人だ。中国人じゃないかなあ。いや、エスキモー人かも知れない。いやいや、こんな大胆なことをやるのは、日本人より外にない)
これは、パイ軍曹の腹の中であった。
ピート一等兵の方は、そんなおちついたことを考えるひまがない。
(はあて、この幽霊め、おれたちと、あまりかわらない服装をしているぞ。防寒服を着た幽霊は、はじめてみたよ)
と、ピート一等兵はがたがたふるえている。
「さあ、これからは、私――黄いろい幽霊が、この地底戦車の指揮をとる。それについて不服な者があるなら、一歩前へ出なさい」
誰も出ない。そうであろう。黄いろい幽霊は、そういいながら、わきの下にかかえている機関銃の銃口を、二人の方へ、かわるがわる向けているのだ。不服があるといったら、すぐにも発砲しそうである。誰が一歩前に出るものか
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