める大きな器械がある。これは昼となく夜となく二十四時間ぶっとおしで運転しているもので停めたことはないものだが、それをワザワザ停めても調べてみた。その結果もなんの得るところが無かった。
事件はそのまま迷宮《めいきゅう》へ入った――というのが箱詰屍体事件のあらましである。
2
「ビール会社へ行ってみようよ」
辻永はそういうが早いか、駅の門の方へスタスタ歩きだした。私は依然《いぜん》お伴《とも》である。
円タクを値切って八十銭出した距離に、そのビール会社の雲をつくような高い建物があった。古い煉瓦積みの壁体《へきたい》には夕陽が燃え立つように当っていた。遥《はる》かな屋根の上には、風受けの翼《つばさ》をひろげた太い煙筒《えんとつ》が、中世紀の騎士の化物のような恰好をして天空《てんくう》を支《ささ》えているのであった。その高い窓へ、地上に積んだ石炭を搬《はこ》びこむらしい吊《つ》り籠《かご》が、適当の間隔を保って一《ひ》イ二《ふ》ウ三《み》イ……相当の数、ブラブラ揺《ゆ》れながら動いてゆく。
待つほどもなく、私たちは工場の中へ案内せられた。特に見たいと思ったのは、矢張《やは》りビール瓶を自動的に箱につめこむ工場だった。まったくそれは実に大仕掛けの機械だった。一つの大きい軸《シャフト》がモートルに接《つな》がるベルトで廻されると、廻転が次の軸に移って、また別のベルトが廻り、そのベルトは又更に次の機構を動かして、それが板を切るべきは切り、釘をうつべきはうち、ビールを詰め込むべきは詰めこんで、一番出口に近いところにすっかり納《おさま》ったビールの大箱が現われるのだった。
それをすぐにトロッコが待っていて、外へ運び去る。まことに不精《ぶしょう》きわまることながら、便利この上もないメカニズムだった。
「実に恐ろしい器械群だと君は思わんか」
と辻永が感歎の声をあげた。
「うむ、たった一つのスイッチを入れたばかりで、こんな巨人のような器械が運転を始め、そして千手観音《せんじゅかんのん》も及ばないような仕事を一時にやってのけるなんて……」
「イヤそれより恐ろしいのは、この馬鹿正直な器械たちのやることだ。もしこのベルトと歯車との間に、間違って他のものが飛びこんだとしても、器械は顔色一つ変えることなく、ビール瓶と木箱と同じに扱って仕舞《しま》うことだろう」
辻永は大きく嘆息《たんそく》をした。
「すると君は、あの不幸な青年たちが、この器械にかかったというのかネ」
「懸ることもあるだろうと思う程度だ。断定はしない。しかし……」と彼は急に眉を顰《しか》めて窓外を見た。「若《も》しこの窓から人間が入って来ることがありとすればだネ、これはもっとハッキリする」
「なにかそんな手懸りになるものがあるか知ら?」
私は窓から首をつき出して外を見た。
「呀《あ》ッ!」
そこの窓から見上げた拍子《ひょうし》に、石炭の入った吊り籠がユラリユラリと頭の上を昇ってゆくのが見えた。
「どうした」と辻永は私の背について窓外《そうがい》を見た。「オヤ、偶然かも知れないが、面白いものがあるネ。ここに通風窓《つうふうまど》があって窓の外へ一メートルも出ている。ホラ見給え、家に近い方の隅《すみ》っこに、小さい石炭の粉がすこし溜っているじゃないか」
「なるほど、君の眼は早いな」
「だからネ、もし石炭の吊り籠の上に人間が乗っていて、それが下へ落ちると、地上へは落ちないでこの通風窓にひっかかることだろう。すると勢いでスルスルとこの室に滑りこんでくることが想像できる。滑りこんだが最後、この恐ろしい器械群だ」
「吊り籠に若し人間が乗っていたとしても、この窓にばかり降ってくるなどとは考えられない」
「うん。ところがアレを見給え」と辻永は窓から半身を乗り出して頭上を指した。「あすこのところに腕金《うでがね》が門のような形になって突き出ているのだ。あの吊り籠が石炭だけを積んでいたのでは、苦もなくあの下をくぐることが出来るが、もし長い人間の身体が載っていたとしたら、あの腕金に閊《つか》えて忽《たちま》ち下へ墜ちてくるだろう」
「なるほど、そうなっているネ」と私はいよいよ友人の炯眼《けいがん》に駭《おどろ》かされた。
「しかしもう一つ考えなければならぬ条件は、吊り籠に載《の》っていた人間は気を失っていたということだ」
「ほほう」
「気が確かならば、オメオメこんな上まで搬《はこ》ばれて来るわけはないし、若《も》し身体が縛りつけられてあったとしたら、下へは墜ちることが出来なかろう。さア、とにかくあのケーブルが怪《あや》しいとなると、吊り籠の先生、どこから人間の身体を積んできたかという問題だ。下へ降りて石炭貯蔵場まで行ってみようよ」
3
下へ降りてみるとなるほど石
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