の部屋へ行った。小林の部屋は一階の右の奥で、勝手より手前であった。狭い廊下を入ると、左側に入口があって、一坪の板の間があり、扉がこれへ開く。その奥は、床が高くなっていて、障子を開くと六畳の間と二畳の間があり、二畳の間は、一坪の板の間の右隣となっている。また六畳の間には二間の押入がある。問題の花瓶は、その二畳の間に置いてある茶箪笥の上に載っていたが、なるほど花は活かっていない。
検事の外、二三名が上へ上る。後からついて来た帆村は、花瓶の方にはあまりに興味がないらしく見え、その代り広い二間の押入の襖をあけてみる。
中は、きちんと片づいていた。赤い友禅模様の夜具が、この部屋の主には少し不釣合なほど艶《なまめ》かしい。帆村の手が伸びて、下段の端に置かれてある小型の茶箪笥の扉を開いた。するとその中には徳利や猪口が入っていた外に、清酒の一升壜が半分ほどの酒を残しているのが収ってあった。ついでに帆村の手が、その隣りの、臙脂色の塗箱の引出の一つ一つに掛けられた。帆村の記憶にはっきり残ったのは、袋入りの秘戯画と、沢山の上質のみす紙とであった。
「おい帆村君。これを見なくてもいいのかね」
長谷戸検事の声に、帆村は押入の襖を閉めてから検事の傍へ行った。
「この花瓶なんだが、底に深さ一|糎《センチ》ばかりの水が残っていた。ピストルは、銃口を下にして入っていたそうだ。ところがピストルの銃口を虫眼鏡でよく調べたが、錆《さび》はまだ全然発生していない。だからこのピストルが花瓶の中へ隠されたのはこの一両日のことだということが推察される。それだけのことなんだが……」
「どうもありがとうございました」
と、帆村は丁重に礼をいった。
検事は真面目な顔で肯いた。それから主任警部の大寺にいった。
「このピストルをすぐ鑑識の人に調べて貰って呉れたまえ。指紋と、弾丸にどんな条跡を与えるか写真に撮ることを、すぐに頼む。十五分もあれば分るだろう。その間われわれはちょっと休憩をしようじゃないか。お茶は呑めないだろうからね」
袋小路
休憩時間が過ぎると、几帳面な検事は、早速取調べの続行を宣した。
「ピストルの指紋はどうだったね」
検事の声に、鑑識課員が立って来て、
「指紋は一つもついていません。手袋をはめて使ったんでしょうね」
と応えた。
「ああ、そうか」
検事は格別失望の色も見せなかった。そして鑑識課員から、ピストルの条跡の拡大写真を二三枚うけとった。
「このピストルは誰のものかね。それから調べて行きたい。まず家政婦の小林をここへ……」
検事の命令で、小林トメは襟元を合わせながら広間へ入って来た。そして設けの椅子の上に、はちきれるようなお臀を据えた。彼女の目は、わざと検事がすぐ目の前の卓上に置いたピストルに注がれて、一瞬はっと胸をすくめたが、間もなく元に戻った。
「このピストルに見覚えはないですか」
と、検事の訊問が始まった。
「いいえ、存じません」
家政婦の声音は、尋常であった。
「亡くなったこの家の主人の所有物ではないのかね」
「旦那さまがピストルをお持ちになっていたかどうか、わたくしは存じません」
「そうか。それならそれとして……」と検事は鋭い瞳を家政婦の面につけた上で「このピストルは君の居間にあったのを見付けたんだがねえ」
「ええッ、このピストルがわたくしの部屋に?」
と、家政婦の顔色はさっと変った。
「一発だけ発射してあるんですよ。そして発射してから間もない。それが君の部屋に隠してあった。どういうわけですかね、説明をして貰いたい」
検事はじりじりと家政婦に肉迫する。
「そのピストルは、わたくしの部屋のどこに隠してあったんでしょうか。全くわたくしの知らないことなんです。そんなことがあれば、誰か……誰かがわたくしに罪をなすりつけるためにそのような恐ろしいことを――」
「他人の陰謀だというんですね。それならそれは一体誰です。誰だと思いますか」
「……はい」家政婦の目は混乱した。
「それは申上げられません」
「言えない。何故言えないのですか」
「…………」
「死んだ主人の弟の亀之介氏ですか」
検事は、先に亀之介が家政婦を誹謗したことを思出したから、このように訊いてみた。
「いいえ、亀之介さまの事ではございません」
と、家政婦は言下に否定した。検事は困惑を感じた。すると家政婦がつけ加えた。
「このお邸に出入りしている人達は、何かというと、わたくしを利用して悪いことをなさるのです。この年齢になるのに、こんなお邸に家政婦として温和しく朽ちて行くわたくしを、なんだって御自分の野心に利用したり、悪いことのはきだめにしたりなさるんでしょう。ああ、もっと早くそれが分っていたら、わたくしはこんなお邸へ家政婦などとして入るのじゃなかったんです」
家政
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