真相がわりあい手取早く判明して来るのである。なんのことはない、自分は店の婿養子の引立て役の古顔の番頭みたいなものである、と大寺警部はいつも心の中でひそかにぼやいていた。だからこの事件だってそうだ。検事は現場をまごまごしているだけで、まだ容疑者の只一人をも指名していないし、関係者の訊問すらまだやっていない。
それに反し自分は既にかずかずの手配をしている。ハンドバグを、この部屋の、しかも殺された旗田鶴彌のお尻の下に残しておいたその持主の土居三津子を逸早く逮捕し、容疑者第一号として保護を加えてある。この事件は土居三津子がやったことは十中八九までは確かであり、他の者は殆んど調べる必要がないと警部は睨んでいる。自分のやり方としては、この際土居三津子をどんどん取調べていって犯行を自白させるのが一番早い。
しかし現場には検事たちも来ているし、なんだかんだと面倒な取調べや手続がくりかえされているので、こうして温和しくその片附くのを待っているわけだ。並々ならぬこの辛抱づよさというものを、自分は十八年の勤続によって仕入れたのである。
しかしこれは愉快なことではない。自分としては、あまり多きを望まないけれど、せめて長谷戸検事のような人物とのコンビが解かれ、若いとき自分を引廻してくれたあの雁金検事のような人と仕事をしたいものだ。そうすれば、今の自分ならてきぱきと超人的な捜査をやってみせられるのだがなあ――と、大寺警部は人柄にもなくはかない夢を抱いている。
「じゃあ、関係者の訊問に移ろう」
長谷戸検事がいい出した。
大寺警部は、それを確めるように検事の顔を見直した。
「まず、事件の当時同じ屋根の下にいた家政婦を呼んで来たまえ」
「家政婦ですか。小林トメですね」
「そうだ、小林トメだ」
警部は心得て、一人の警官に目配せをした。その警官はいそいで部屋を出ていった。
帆村は隅っこの椅子に腰を下して煙草に火をつけた。
やがて和服を着た中年の婦人が、警官に伴われて入って来た。丸顔の、肉付の豊かであるが、顔色のすぐれてよくない婦人であった。年齢の頃は五十歳に二つ三つ手前というところらしかった。警部は、婦人を招いて検事の前へ立たせた。
「小林トメさんだったな」
「はい、さようでございます」
家政婦はそう応えながら、警部の前に首を垂れた。
「検事さんが聞かれるから、正直に応えなければいかん
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