いないと仰有るのですか」
帆村はぐっと唇を横に曲げた。
「そういう御心配があるのなら、あとから御覧に入れましょう。あなたのお取替になった黒い灰は、あれは僕があとから拵えておいた第二世なんです。第一世は、灰の形もくずさず、硝子の容器におさめて、あっちに保存してあります」
「えっ」
「もちろんその灰に、紫外線をかけましてね、さっき読み上げた告白書の文句を読み取ったのです。それからあなたさまにはたいへんお気の毒ながら、その告白書の一部が燃え切らずに残っていましてね――あの黒い灰を灰皿から横へ移してみて始めて分ったのですが、灰の下に、一枚の切手位の面積の燃えない部分が残っていたのですよ。それを分析して――なにをなさる」
「は、はなせ」
亀之介は、椅子を台にして窓の枠へとびのり、外へ飛び下りようとした。が、警官が素早くその片足をつかまえてしまった。
「身体検査をして下さい。心配ですからねえ」
帆村はそれを頼んだ。亀之介の身体は厳重に調べられた。
「そこに妙なところにポケットがある。なにか入ってやしませんか」
「あ、ありました。薬の包らしいが……」
亀之介はそれを取戻そうとしてもがいた。しかしそれは帆村の手に渡った。
「ああ危かった。これが例の猛毒ケリヤムグインらしい。これをこの部屋で煙草でも交ぜて燃されるものなら、この人と一緒にわれわれも一緒に[#「この人と一緒にわれわれも一緒に」はママ]無理心中というわけだ。おお、あぶなかった」
警官たちは目をぱちくり。
「すると――すると当人の持っている煙草もみんな危険物なんですね」
「そうです。煙草もみんな押収しておかれたがいいでしょう」
このとき亀之介の手首には、手錠がかかった。彼は椅子にどっかと尻を据え、自由な方の手で、自分の頭を抱いた。
呪わしき人々
事件は解決したのだ。亀之介は、鶴彌殺しの犯人容疑者として本式に拘引された。それから取調べによって彼の犯行たることは十分確実となった。
それはそれとしてこの物語の上では、まだ書き足りないところがあるようだから、それを補足しておきたい。帆村は、長谷戸検事たちと一緒に、お手伝いお末のアパートへ出発しながら、いつの間にか旗田邸に戻っていた。そのわけは、帆村が旗田邸内にトリックを仕掛けておいたので、それにひっかかる相手の様子を見るために、自動車が通りへ出ると間もなく車
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