が、そのとき廊下をこっちへゆっくりと歩いて来た人物が、亀之介の姿を認めたのである。
「ほう、どうしました、亀之介さん」
「やァ、煙草にむせちゃって――あっ、帆村君ですね」
地獄の使者
帆村荘六だった。彼は検事たちと共に確かに自動車に乗って出掛けた。それがなぜここに姿を現わしたのであろうか。
「一度あなたとゆっくり話し合いたいと思っていたのですがね。今丁度いいですね、中でお話を伺いましょう。さあどうぞ」
帆村にすすめられて、亀之介は割り切れない気持で、室へ再び足を踏み入れた。と、部屋の隅の洗面器のあるところのカーテンをはねあげて、一人の警官が出て来た。亀之介はどきんとした。この部屋には誰も居ないと思っていたのに、どうしたことであろう。
その警官は帆村へ何か合図を目で送ると、椅子を整頓し、二人の話しやすいように並べかえた。
「どうぞ。お席が出来ました。お茶も持って参りましょう」
警官は部屋を去った。帆村は亀之介にすすめて椅子へかけてもらい、自分もその向こうに腰を下ろした。
「早速ですが、旗田さん、ケリヤムグインというあの毒瓦斯材料をあなたはどこで手にお入れになったのですか」
帆村の唐突の質問に、亀之介の顔色はさっと変った。
「知らんですな、そんなこと……」
「ケリヤムグインはドイツで創製せられた毒瓦斯材料で、常温では頗る安定な油脂状のものです。それを高温にあげ、燃焼させますとたちまち猛烈な毒瓦斯となります。ケリヤムグインの一ミリグラムは、燃焼して瓦斯体となることによって、よく大広間の空気を即死的猛毒性に変じます。――あなたは、ケリヤムグインを書簡箋に吸収させました。そしてその書簡箋は、缶詰の中に厳封して、旗田鶴彌氏へ送ったのです。もちろんその書簡箋には、或る文句が書いてありましたがね。……如何です。それを否定なさいますか」
「もちろん否定する。そんな馬鹿気た話を、誰が真面目になって聞くものですか」
亀之介は腕組みをして嘯く。帆村はいよいよ静かな態度で、次なる言葉を繰り出す。
「その書簡箋を鶴彌氏が取出すと、文面を読んで確かめた上で、火をつけて焼き捨てたのです。その焼き焦げの黒い灰が、あそこの灰皿の上に載った。その頃鶴彌氏は、猛毒瓦斯を吸って中毒し、氏の心臓はぱったり停ってしまったのです。そしてそのお相伴をくらって、あそこの洗面器の下の下水穴から顔を
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