る。
 そしてもしこの缶詰が万一鶴彌の死に関係があったとしたら、それは一体どういう形でこの事件の中へ食い入っているのであろうか。帆村はそのことをちらりと思い浮べただけで、昂奮の念を禁じ得なかった。
 土居三津子の指紋が、なぜあの空缶についているのであろうか。帆村としては、三津子の潔白を既に証明し得たつもりで今はもう安心していたのだ。ところがここに突然三津子の指紋が問題の空缶の上にあると分って、三津子に再び疑いの目が向けられることとはなった。
 お手伝いのお末の指紋が発見されたことは、この事件の一発展だった。お末のことは、今までほとんど問題になっていなかった。彼女は鶴彌殺しの容疑者としてはほとんど色のうすい人物だった。しかるに今、突然お末の指紋が空缶の上に発見されたのである。一体お末はいつその缶の上に彼女の指の跡をつけたのであろうか。常識では、お末はこの缶詰とは関係がないものと思われる。なぜなら家政婦小林トメでさえ、この缶詰を前に見たこともないし、主人の部屋へ持って来たおぼえもないといっているのだ。ところが、その缶の上にお末の指紋がついていたということは、そこに何かの異常が感ぜられる。お末が指紋をそれにつけた場所と時間とが分ると、この事件を解く一つの有力な鍵が見つかったことになるのではあるまいか――と、帆村はひそかに胸をおどらせているのだ。
 更に興味津々たるは、第四の指紋の主のことである。彼(または彼女)は、これまでにこの事件に登場したことのない人物なのである。果して如何なる人物であろうか。それこそ兇悪なる真犯人であるかも知れない。また、それは事件に関係のない売店の売子の指紋であるのかも知れない。
 さて、旗田邸に集まる検察官と帆村探偵のところへ鑑識課から右の指紋報告の電話が来て、ひとしきり討論が栄えたあとで、長谷戸検事は、帆村が引続いて取調べを進行させる意志があるなら、暫く君に委かせておいていいといったので、帆村は肯いて、自ら取調べ続行をする旨表明した。
「土居三津子氏をここへ呼んで頂きましょう」
 帆村の要請は、係官たちもそれが当然の順序だと同感した。そして三津子が再びこの部屋に入って来た。
「おたずねしますが、この写真のここにうつっている缶詰の空缶が一つあります。これはこの写真のとおり、この小卓子の上に載っていたもので、今本庁へ持っていっています。――そこであ
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