などへも行ったかもしれない。そういうとき吸殻を捨てる場所は到るところにあったわけですね。窓から吸殻を捨てることも有り得るでしょう」
「で、君は何を主張したいのかね」
「何も主張するつもりはありません。ただ今のところを説明の補足として附け加えたかったわけで、結局あなたの説に深い敬意を表する者です」と会釈をして「もう一つ伺っておきたいことがありますが、例の黒い灰をこしらえた直後、鶴彌氏は死亡したという御見解なんでしょうか」
「いや、そんなことは考えていない。あの黒い灰をこしらえて以後、被害者は煙草をあまり吸わなかったらしいと認めるだけのことだ。実際、煙草を吸うのをよして、その後は酒を呑み、料理を摘むのに何時間も費したかもしれないからね」
「すると、中毒物件は飲食物の中に入っているとお考えなんですか、それとも他のものの中に……」
「それはこれから検べるんだ。毒物は固体、液体、気体の如何なる形態をとっているか、それは今断言出来ない。中毒性|瓦斯《ガス》についても疑ってみなければならないと思いついたことについては、君の示唆によるわけで、敬意を表するよ」
 検事と帆村の永い対談はここで漸く一旦の終結を遂げた。しかしこれを辛抱づよく傍聴していた係官たちは、無用の禅問答を聞かされたようで、多少のちがいはあるが、誰しも両人を軽蔑する気持を持ったことは否めなかった。

   三津子登場

 土居三津子の護送自動車は、予定より三十分も遅れて到着した。途中でタイヤがパンクしたためであった。
 とにかく第一番目の容疑者としてこの事件を色彩づけている土居三津子の登場は、検事と帆村の野狐禅問答にすっかり気色を悪くしていた係官たちを救った。
 広間に入って来た三津子は、事件当時に較べるとすっかり窶《やつ》れ果て、別人のように見えた。それでも生れついた美貌は、彼女を一層凄艶に見せていた。一つには、三津子は今日は和服に着換えているせいもあったろう。それは三津子の兄が、差入れたものであった。
 大寺警部は、三津子を容疑者として誰よりも重視しているので、警部は誰よりも張切って動いていた。
「検事さん。どうぞお始めになって下さい。私の訊問は検事さんの後でさせて貰います」
 大寺警部は、三津子訊問の催促を長谷戸検事に対して試みた。
「じゃあ少しばかり僕がやって、後は君に引継ぐから、十分やりたまえ」
 検事はそ
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