うほど、はげしく鳴動《めいどう》を起すのと、同時であった。
「えっ、原因は何だ?」
と、私は叫んだが、オルガ姫は、
「舵器《だき》が、壊れました!」
と、同じ言葉をくりかえすばかりである。
私は反射的に、赤外線望遠鏡に目をあてて、視野を切りかえた。すると、鏡底《きょうてい》に、敵の潜水艦の巨大な舳《へさき》が現われたと思うと、さっとレンズの前を横ぎって消えたのを認めた。
「あっ、別な敵だ。背後から襲撃しやがったんだな。オルガ姫、いま背後を掠《かす》めて通ったやつを追いかけろ」
「はい」
オルガ姫は、素直にそう答えた。
しかし私はすぐさま、自分の出した号令の無意味さに気がついた。敵を追いかけろといっても、舵器がこわれてしまったのでは、どうにもならないのだ。わが潜水艇は、水中を走りだした。ただ、走りまわるだけであった。見当も何もあったものではない。わが舵器を壊して得々たる敵の潜水艦に、復讐《ふくしゅう》の一弾を見舞うどころの騒ぎではないのだ。
事態はわれわれに、いよいよ不利となってきた。
「どうなるのだ、これから……」
さすがの私も、ちょっと不安な気持になった。うっかりしていると、このまま岩礁にでも舳《へさき》を激突させ、不本意な自爆をやるようなことにならぬとも限らない。いや、限らないどころかその虞《おそ》れが、充分にあるのだ。
「オルガ姫、急いで速度を下げろ。時速十キロまで下げろ!」
私はついに、そう命令せざるを得なかった。いや、考えるまでもなく、いまわが艇は危険な状態に置かれているのだ。
「はい、速度下げます。只今、三百五十キロ。はい、三百四十、三百三十……」
「あ、そんなことじゃ駄目だ。もっと下げろ。最大急行で、下げろ」
「はい。最大急行で下げます」
私は次の瞬間、目の前がまっくらになるのを感じた。ものすごい頭痛が、私を苦しめた。――そして嘔気を催した。あまり急いで、速度を下げたからである。慣性緩和枕を、頭のところに取りつけてあったけれど、こんなものは、何の役もなさなかった。
「……時速二十、時速十五、時速十。時速十になりました」
「よ、よろしい」
私はやっと、それだけの言葉を吐いた。全身は汗でびっしょりである。関節がぴしぴしと痛む。今にも頭が割れるかと思った。
頭痛だけは、すこし緩和《かんわ》した。
「あーっ」
私は溜息《ためいき》をついた。
「あーッ。レモン水を……」
私は、うわごとみたいに云った。
「レモン水は、ありません」
と、オルガ姫がこたえた。
「深度が、自然に殖《ふ》えていきます。本艇は、沈下しつつあります」
「えっ、沈下? そいつは、いけない。どうにかしろ、おいオルガ姫……」
とまで、云ったことを覚えているが、そのあとは知覚を失ってしまった。
最悪の事態来る!――X大使よ力をかしてくれ
オルガ姫の饒舌《じょうぜつ》に、私ははっと気がついた。
「うるさいな、しずかにしろ」
私は半ば無意識で、オルガ姫を叱りつけた。
でも、オルガ姫の饒舌は、停らなかった。
「おい、しずかにしろというのに……」
何といっても、オルガ姫はお喋りをやめない。
「……鎖が、また一本切れました。あ、また別の鎖が二本本艇の胴を巻きました。深度五十四、五十三、五十二、五十……」
私はやっと、完全に意識を取戻した。
(鎖だって……)
なにが、オルガ姫に鎖の話をさせているのであろうか。本艦の胴中に、鎖が巻きついて、どうしたというのか。まるで見当がつかないことが起った。
私は視力の弱った眼を、しきりに瞬《またた》きして赤外線望遠鏡をのぞいた。そしてようやく、本艇の付近で今、何事が起りつつあるかを諒解《りょうかい》した。いや、たいへんである。いつの間にか、わが艇の胴のまわりには五、六本の太い鎖が、巻きついているのであった。その鎖を、だんだんと上に辿《たど》っていくと、四、五十メートル上に、巨大な船底が、天井のようになって、視界を遮《さえぎ》っていた。鎖は、その巨大な船から、繰り下げられているのであった。
「……深度四十八、四十七」
オルガ姫の声が、改めて私の注意を揺り動かした。
「これはいかん。わが艇は、何者かの手に捉えられ、今、どんどん水面に吊り上げられていくのだ。ぐずぐずしていると、もう二度と、自由な身になれないぞ」
私は、金槌《かなづち》で、頭をガーンと殴られたような気がした。黒馬博士ともあろうものが、敵の捕虜にはなるし、魚雷型快速潜水艇を、そっくり取られてしまうし、それに、この分では、クロクロ島の秘密まで、知られてしまうであろう。これでは全く話にならぬ。なんとかして、この急場を取り繕《つくろ》って、逃げ出さねばならない。
(どうしよう。どうすれば、彼等の手から、逃げ出せるであろうか)
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