見まちがえるようなことはない」
 やっぱり元帥の秘書だったのか。私は、とんだ失策をやってしまったと思った。仕方がないから、私は、マリ子がたしかに第五列の一員と思われたから、毒瓦斯で殺してしまったのだと、率直に一切を白状して、何分の処分を、大佐に委せるといった。
「あははは。これはおかしい」
 と、田島大佐が、私の話をきいているうちに、腹をかかえて、笑いだした。私は、むっとした。
「なにが、おかしいのですか。私が失策したことが、そんなにおかしいのですか」
 私は、大佐のへんじ如何によっては、いってやりたいことばがあった。
「いや、博士。これは、とんだ失礼を。笑ったのは、博士が思いちがいをしていられるからです。元帥の秘書のマリ子なら、毒瓦斯などで死ぬような者ではありません。なぜといって、マリ子は人造人間なんですからね」
「ああ、やっぱり人造人間ですか」
 では、私におけるオルガ姫のようなものだ。
「そうです、人造人間です。ですから、毒瓦斯を吸って死んだマリ子は、にせ者のマリ子にちがいありません。そして、そいつは、生身《なまみ》の人間でしょう。いま、よく調べてみます」
 大佐は、そういって、自動車の中から、マリ子をひっぱりだした。彼は、マリ子の頸のあたりをしきりに調べていたが、やがて、
「おお、やっぱりそうだ」
 といって、指先で、マリ子の皮膚をいじっているうちに、ベリベリと音をさせて、マリ子の頸《くび》のところから顔面へかけて皮膚を、はいでしまった。その下からは、マリ子とは、似てもつかない鼻の高い、白人女の顔が出て来た。
「マスクだ。巧妙なマスクを被っていたのだ。元帥秘書のマリ子と、そっくりの完全マスクを被っていたのだ」
 私は、万事を悟って、苦笑した。なんだ、つまらない奇計《トリック》である。
 大佐は、白人女の死顔を、じっと眺めていたが、
「はて、この顔は、見覚えがある。これはたしか、アストン女史というポーランド女だ。アストン女史が、東京へはいりこんで活躍するとは、はて、訳がわからないぞ」
 大佐の疑問は、尤《もっと》もであった。私には、見当がつかない。ポーランド女が、なぜ東京へはいりこんで、私にクロクロ島のことを聞きだそうとしたのであろう。
 それから二十分ほど後、私たちは、鬼塚元帥と、大きな卓子《テーブル》を囲んで、向いあっていた。
 まず話題は、ここへ来る途次
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