ころは、大体《だいたい》輪になっているからである。そこで、人間が、林檎をもち上げると、二次元の世界から、直ちに林檎は消え失せる。ただ林檎の匂いだけは残る。
そういう訳で、こんどは反対に、四次元の世界を考えることが出来る。四次元の世界は、残念ながら我々は三次元の世界の生物だから、どんな世界だか知る力が欠けている。その世界には、横と縦と高さの外にもう一つ、何か形をこしらえている軸があるのだ。そういう四次元の世界から、われわれ三次元の世界の人間を見れば、それは、われわれ人間が、白紙の上に棲《す》んでいると仮定した二次元の生物を見るのと同じことである。だから、もし私が、いま急に三次元の世界からつまみあげられて、四次元の世界へ移されたとしたら、どうであろう。すると、三次元の人間からは、私の姿は見えないであろう。しかし林檎の匂いが届くように、私の声だけは届くかもしれない。
ピース提督は、今私のことを、「四次元の人よ」と呼んだが、提督は私を、四次元の生物だと思ったからであろう。
私は、そうではない。
だが、謎のX大使こそ、まさしく四次元の生物であると思われる。
とにかく、私が気がつかなかったのにずばりと看破《かんぱ》したピース提督の科学の眼力のほどを、畏敬しないではいられない。――といって、ここで私が引下がる手はあるまい。私は強いて自分の心を激励しながら、ピース提督に対した。
「提督、貴艦隊はなんの目的をもって、北上せられつつあるか」
私は、質問の第一矢を放った。司令官は、眼をぎょっとうごかして、
「それは、日本民族を、大東亜共栄圏から、叩きだすことにあるのだ」
「なに、日本民族を叩き出すといわれるか。日本民族を、元の日本内地へ押しこめることではないのか」
「ちがう。日本民族を叩きだすのだ」
「では、叩きだして、どこへ送るのか」
「適宜《てきぎ》に使役《しえき》するつもりだ。家僕《かぼく》として、日本人はなかなかよくつとめる」
「無礼なことをいうな」
と、私は思わず提督の机上の書類函をとって、机の上に叩きつけた。電報紙は、ばらばらと宙に飛んだ。
「四次元の人、乱暴はよせ。君は、紳士と話しているのだ」
「何が紳士か」
と私は、また呶鳴《どな》りつけたのだった。
「貴官は、日本民族を、家僕として使役するつもりだといっているのだ。日本民族が、アメリカ人の家僕などになって
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