は胆を潰した。

     恐ろしい予感

 博士は、仕損じたりと思ったのか、こんどは望遠鏡の鉄製の架台《かけだい》を手にもって、ぶんぶんふりまわしながら僕に迫ってきた。
「あっ、あぶない」
 もうこれまでだと、僕は思った。この怪力におい迫られては、こっちの生命がない。僕はいつの間にか右手に、鞄の中にあった博士のピストルを握りしめていた。僕は、とうとう引金をひいた。轟然と銃声一発! 博士の身体がふらりと横に傾くと、その場にどーんと仆れてしまった。
「大隅さん、よく来てくだすったのね」
 サチ子がとびついてきた。僕は息が切れて口もきけない。
「もうすこしのところで、博士に締め殺されるところでしたわ」
「ぼ、僕は、博士を撃ってしまった!」
「いいわ。だって正当防衛ですもの」
 僕は博士の仆れているそばへよって、ひざまずいた。博士の身体をゆすぶったが、博士は、人形のように伸びたきりだ。胸許にぽつんと弾丸の入った穴があいている。博士は死んでしまったのだ。
「僕は、博士を殺してしまった」
「ほんとに死んでしまったのかしら」
「胸を撃ちぬいたのですから、もう駄目でしょう」
 そういって僕はうなだれた。
「あら、大隅さん。博士の胸がひっこんできますわ。なぜでしょうか」
「えっ、博士の胸が――」僕はおどろいて、博士の胸をみた。なるほど博士の白いチョッキがすこしずつ下にさがってゆく。僕はへんなことだとおもいながら、博士の胸をおさえてみた。すると、思いがけなく、博士の弾丸傷のところから、草色のどろどろした粘液がぴゅうととびだしてきた。僕たちはあっといって、博士のそばからとびのいた。
「へんなことがあるものですね」
「どうしたのでしょう。もっとよく調べてごらんなすったら」
 僕はサチ子にいわれて、こんどは落ちついて、博士の死骸をふたたび検査した。僕は博士のチョッキを脱がせた。すると、本当とは信じられないほどの不思議なことを発見した。チョッキの下から現われた博士の身体は、硬い金属のようなものを昆虫の腹部のように重ねあわしてつくってあって、ピストルの弾丸が、あたりの継ぎ目を滅茶々々にこわしてあった。その下には、例の草色の粘液がじくじくと泡をふいていた。
「これはおどろいた。博士は人間じゃなかったんですよ」
「まあ。どうしたってわけでしょうね」サチ子は真ッ青になって、僕にすがりついた。このとき
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