がらも、一方では博士が殺人嫌疑から遠ざかったことを悦ばずにはいられなかった。
しかし事件は、迷宮入りだ。これではいけないと思って、僕は改めて博士の鞄の中を入念に調べだした。
すると鞄の一番底から、一冊の手帖が出てきた。その手帖は、表紙が破れていた。そしてその上に「死後のためのメモ」と、走り書がしてあった。
死後のためのメモ
死後のためのメモ?
死後とは、なにごとであろう。博士はすでに死を決していて、なにか遺言めいたものがここに誌《しる》されているのであろうか。僕の好奇心は、その頂点に達した。
僕は、いそいでページをくった。
ちょっと判読しがたいほどたいへん乱れた文字が書きつらねてあった。僕はそのページの表に、手提電燈をさしつけながら、むさぼるように読みだした。そこには、こんなことが書いてあった。
「死後のためのメモ。――火星の生物は、すでに地球人類にたいして、戦いを挑んでいるのだ。彼等の先遣部隊は、すでに地球に達しているのではあるまいか。ちかごろ花陵島付近の海底において頻々たる小地震が感じられるそうであるが、これこそ火星の先遣隊の乗物が到着して、地殻に衝突するときに発する震動ではあるまいか。由来火星の生物は、わが人類のごとく動物の進化したものとはちがい、高等植物系統の生物であるからして、残忍無比で、敵としては非常に警戒を要する。加うるに、火星の生物は、体躯が矮小で、知能は高く、強大なる原動力を支配し、すでに地球上の地形風俗文化さえも調査ずみであり、実に恐るべき生物である。しいて、弱気をあげるならば、火星の気圧は地球のそれに比べてはなはだ低いので、おそらく彼等の体躯の脆弱さは、とても地球上の生存に適しないであろう。これはあたかも、人間が数百貫の大石の下で、これを支え得ないのと同じようなものである。ただし火星の生物が、あらかじめそれに対抗するほどの耐圧構造物を用意し、その中にはいって到来すれば別の話になるが……」
僕は、あまりに大きい感動のため、ここでしばらくページから目をはなさないではいられなかった。なんという恐ろしい手記であろう。まさかと思っていた火星の生物が、もうすでにこの地球上に来ているのではあるまいかなどという手記にいたっては、戦慄以外のなにものでもない。本当に、火星の生物はこの地球上に来ているのかもしれない。花陵島付近の異常なる海
前へ
次へ
全16ページ中12ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング