」といって彼女は頭をふりながら、「あたし、死骸を一目みてびっくりしたものですから、そのままそこをはなれてしまったんですの。誰の死骸だか、そんなこと、わかりませんわ」
「ふーん」と僕は探偵きどりで呻った。そして本気でもって、これまで愛読したシャーロック・ホームズ探偵の活躍する小説の一つ一つを思いだして、その中からこの場の参考になるものはないかと首をひねった。
 やがて僕は、サチ子をひきよせて訊いた。
「あのね、誰かちかごろ行方不明になった者はありませんか」
「行方不明になったものですか。さあ、そういうものは――」
 とまで彼女はいったが、何に愕いたかそこで急にサチ子は、あっと叫んで、両眼を皿のようにひろげた。
「どうしました。サチ子さん。わかったら、いってください」
「ああ、どうしましょう」と、彼女は僕の胸にとりすがって喚《わめ》く。「マリアです、マリアが今日はどこへいったか姿を見せません。ああマリア。あの娘《こ》の死骸だったんです」
「マリアって、誰です」
「先生とあたしの身のまわりを世話している下婢の土人娘です。ああどうしましょう。あんな温和《おとな》しいいい娘《こ》が殺されるなんて、誰が殺したんでしょうか。あたしは、殺人者が死刑になっても許してやれないわ」
 サチ子はマリアが殺されたものと信じきっている様子だ。
 僕は愕きを一生けんめいにおさえつけつつ、胸の中に公式を組立てようとあせった。――轟博士がピストルで下婢マリアを射殺して、死骸をバラバラにしで裏に埋めた。はたしてそんなことがあり得るであろうか。その殺害の動機はどうであろうか。あの温和な博士が、殺人の罪を犯すとは、どうしてもうけとれない。あるいはそこには想像をゆるさないような意外な動機が秘められているかもしれないが、目下のところ、まだいっこうに分っていない。
 後で考えると、このとき僕はまっすぐに死骸埋没の現場へいって、はたして何人が殺害されたのか調査をするのが一番よかったように思う。ところが僕はそこに気づかないで、博士の部屋を調べてみようと決心した。それは、轟博士が鞄のなかにしまいこんだピストルを探しだしたいためだった。もし博士が殺人をやったのなら、ピストルの弾丸《たま》が減っているとか、銃口のなかが煙硝でよごれているとか、なにかの証拠がのこっていることと思ったからである。
 サチ子に、博士が小屋にいる
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