いるのですが、とけないのです。僕の力でとけるはずがありませんよ」
「大隅さんは火星の影響を考えてごらんになったことがありまして」
「えっ、火星の影響ですか。あははは、あなたも轟博士の一門でしたね。いや、火星と海底地震とは、まったく関係がありませんよ」といったものの、そのとき僕はふと妙な気持に襲われた。
「だが。待てよ、この海底地震の原因をいろいろと探してもわからないのだから、ひょっと火星の影響という問題を研究する必要があるのかもしれないなあ」
「ほほほほ。とうとう大隅さんが、うちの先生にかぶれてしまいなすったわ、ほほほほ」
 サチ子はさもおかしそうに、声をたてて笑った。
「あははは。とうとう僕も火星の俘虜《とりこ》になってしまったようですね。しかしこのような絶海の孤島で、あなたがたのような火星の親類がたと暮していると、どうしてもそうなりますね。いや、火星の生物にまだ取って喰われないだけが見つけ物かもしれない」
 僕は諧謔を弄したつもりだった。それに覆いかぶせて、サチ子がほほほほと笑いだすだろうと期待していたのに、その期待ははずれてサチ子の笑声はきかれなかった。
 僕は目をあげてサチ子の方を見た。そのとき僕はおやと思った。サチ子が、どうしたわけか、急に顔色をかえ、唇をぶるぶるふるわせているのだ。
「サチ子さん、どうしたのです。どこか身体でもわるいんですか」
 サチ子は、むやみに頭を左右にふって、それをうち消した。
「じゃ、ど、どうしたんです」
「しっ、――」
 サチ子は、唇に人さし指をたてて、なにごともいうなという合図をした。僕はそれをみてうなずいたが、心の中は急に安からぬおもいにとざされた。
(あっちへ行きましょう[#「行きましょう」は底本では「行きまましょう」])
 サチ子の目が、そういった。
 僕たちは、肩をならべて、椰子の大樹がそびえる向こうの丘の方へ歩いていった。夕陽は西の水平線に落ちようとして、なおも執拗にぎらぎら輝いて、ただ広い丘陵を血のように赤く染めていた。
「一体どうしたんですか、サチ子さん」
 僕はたまらなくなってサチ子によびかけた。
「あのね、とてもへんな恐いことなのよ」
 と、彼女は用心ぶかく四周《あたり》をみまわして言葉を停めた。
「えっ。なにがそんなにへんで恐いのですか」
「あのね、あなたにだけお話するのよ。誰にもいっちゃいけないのよ、絶対
前へ 次へ
全16ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング