めじゃ。あの輸送路が東西南北から[#「東西南北から」は底本では「西南北から」]集った交叉点においては、わが人類の頭では到底考えられないほどの巨大な力が集るのじゃ」
「そんなに巨大な原動力を、火星の生物はどういうことに使うのですか」
「そのことじゃ。その使い道が問題なのじゃ。わしの観測によれば、彼等は目下のところ輸送路の建設を完成してはいないようじゃ。輸送路の完成の暁には、それをどんなことのために使うのか、それはわしにも見当がついていない。ただこういうことはいえると思う」といって、そこで轟博士はちょっと深刻な顔をして、「あのような巨大な原動力の集中は、火星のなかでの生活だけに使うものとしては、とても桁はずれに多きすぎるということじゃ。わしの計算によると、火星の生物が一千年かかっても使いきれないほど巨大なる原動力が一瞬間にあの交叉点に集められる仕掛になっている。それを考えると訳はわからないながらも、背中がぞくぞくと寒くなるのじゃ」
そういった轟博士の顔色は、この暖気のなかに、まるで氷倉から出てきた人のように青ざめた。
不可解なる謎を秘めた火星の「運河」!
僕もなんだか博士につられて、背中がひやりとしてきた。「すると先生、火星の生物というのは、わが地球の人類よりはずっと知恵があるのですね」
「もちろんのことじゃ。だからわれわれ地球上の学問は、火星の生物の存在を無視して研究をすすめても無駄じゃ。君の専攻している地震学にも、火星の力を勘定にいれておかないと、とんだまちがった結論を生みだすことになろう」そういって博士は、額のうえににじみでた汗をハンカチーフで拭いながら、「いや、わしは思わず喋りすぎた。もうこのへんで口を噤むことにしよう。いずれ花陵島の観測の結果、こんどこそ人類のびっくりするようなものを見せることができるかもしれない。そのときはまた、興味ある話を君にも聞かせるよ」
それっきり博士は、もう喋らなくなってしまった。そして博士はお尻の下に敷いていた書類をとりだすと、海の方をむいてしきりに読みだした。
僕は、せっかくの話相手を失ったので、仕方なしに博士のとなりで、ぎらぎらする海上をながめながら、さっきからの妖《あや》しい火星の秘密を頭のなかで復習を始めた。だがそのうちにいつとなく睡気を催し、うとうとと仮睡《かりね》にはいったのであった。
どのくらい睡ったのかし
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