で、さわいでいる。なにごとかと聞いたところ、オランダの汽船が、機雷《きらい》にやられて沈んでいるのが見えるそうである。水面から二本の煙筒《えんとつ》を出してるのが見えるという話だ。遭難船なんてめずらしい観物《みもの》だ。これから甲板へ駈け上って、写真にうつして置こうと思う。だから原稿は、一先《ひとま》ずここにて切る。
(×月×日、ハリッチ発)
ハリッチ発などと書くと、余が、とうとう初一念《しょいちねん》を貫《つらぬ》いて、ロンドン上陸後、このハリッチへ来たように邪推《じゃすい》するであろう。しかし、事実は、大ちがいだ。
前報を打電《だでん》して、それから一時間たつかたたないうちに、わが照国丸は、沈没してしまったよ。どういうわけか、余の乗った艦船《かんせん》は、いいあわせたように、あっけなく沈没してしまうのである。縁起《えんぎ》でもない沈没男《ちんぼつおとこ》だ。
しかし今度は、海水の中に漬《つ》けられないで助かったよ。さすがは、やはり祖国日本の汽船の有難さだ。船長以下船員たちが、避難作業のときの、あの沈勇なる行動は、どんなに激賞《げきしょう》しても、ほめすぎるということはあるまい。
余は、それを悉《ことごと》く映画におさめたので、本日、なんかの便《びん》を得て、そちらへ送ろうと思う。原稿の方はすぐ続いて打電するつもりだ。只今、炊《た》き出しを呉れるというから、これで一応報告を切る。こちらの炊《た》き出しは豪勢《ごうせい》だ。七面鳥のサンドウィッチに、ウィスキーの角壜《かくびん》、煙草はMCCだ。
(×月×日、グラーフ・シュペー号にて)
しばらく通信を怠《おこた》っていたが、余は三たび艦船をかえ、今は独国|豆戦艦《まめせんかん》グラーフ・シュペー号上で、安泰《あんたい》に暮している。余が、何処より、本艦に乗込んだか、それは語ることを許されない。しかし諸君が、北海《ほっかい》の地図をひき、ユトランド諸島のあたりを子細《しさい》に検討するなら、そこに或る暗示を得るだろう。
本艦の位置も、これまた遺憾《いかん》ながら、語る自由を持たない。ただこういうことだけは言ってもいいだろう。それは毎夜の如く南十字星《みなみじゅうじせい》が、美しく頭上に輝いている事だ。但し、プラネタリゥム館へ入っている訳ではない。
シュペー号では、ラングスドルフ艦長以下が、余を親切に扱って
前へ
次へ
全6ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング