たぐらいですんだ。
 この建物が破壊されたことは、かえってよかったともいえるのである。なぜかというと、このために、物をいう木や、ひとりで動く道具や、あのぶきみな機械人間や、そういったものは皆姿を消してしまって、三角岳はまたもとの自然のままの姿にかえったのだから。そしてまた、X号の作りだした、防ぎようのない伝染病《でんせんびょう》の細菌《さいきん》や、どんな防毒装置でも透過《とうか》する毒ガスや、そのほかいろいろの最新兵器も、みな死滅し分解され破壊されて、人類を滅亡《めつぼう》させる役に立つこともなかったのだ。
 三角岳へこの宇宙航空船がかえりついた時、博士は社会からはげしい非難をうけ、警察のとりしらべも受けたのだが、X号の恐ろしい計画について、山形警部がいちいち証言をおこなったので、かえって博士たちの努力が認められ、なんの処罰《しょばつ》も受けずにすんだ。
 頭のきずが回復した時、博士の第一にした仕事は、山形警部をもとのからだにかえしてやったことだったのは、いうまでもない。
 博士のかたくなな性格は、それからまったく生まれかわったようになってしまった。本心からおだやかな、人好きのする円満な性格となり、博士は自分の研究の結果を、すべて広く社会に公開し、社会と人類の文化の向上をはかったのである。
 それはX号のように、下心《したごころ》あるうわべだけの行為ではなく、本心から出た愛情のこもった行為であった。
 宇宙航空船につまれてあった、莫大《ばくだい》な量のウラニウムは、すべて原子力工場のために使用され、原子爆弾は、あのサハラ沙漠の爆発を最後として、永久に使用されずに処分されてしまったのである。
 ただ一つ、博士がどうしても公開しなかった研究の秘密――それは人造生物をつくる方法だけだった。
「生命というものは、神だけが生みだすべきものである。人間の手でそれを作りだそうとすることは、かえって人類の破滅をまねくにすぎない。自分がこのような恐ろしい目にあったのも、人間の力の限度を知らないから生じた誤《あやま》りだった」
 博士は口ぐせのように、こうくりかえしていたのである。
 戸山君はじめ五人の少年は、博士の下で研究をつづけ、日本でも有数の大科学者となった。しかし、戸山君たちの心の中には、いつまでもいつまでも、このような恐ろしい疑問が、たえず残っていたのである。
「あのX号は、あの時サハラ沙漠の上で、ほんとうに死んでしまったのだろうか。ひょっとしたら、あのまえにロケットから飛びおりて、どこかにかくれ、まだ生きのこって再挙《さいきょ》の日を待っているのではないだろうか」
 戸山君は、一度博士に向かって、その疑《うたが》いを口に出して話したことがあった。その時谷博士は、おだやかな微笑を浮かべていたのである。
「戸山君。あるいはそうかも知れない。ぼくにしても、そうでないとは、いいきれないのだ。だがもしX号が、かりにどこかに生きておったにしても、感情もない、愛も道徳もない生物は、いくら智力がすぐれていても、世界は支配できないよ。そうした生物は、けっきょく自分の智力の前に倒れるのだ。X号のことなどはもう気にかけずに、人類の智力を、一歩でも向上させるために、死ぬまで働きつづけようじゃないか」
 これが、この悟《さと》りをひらいた大科学者、谷博士の最後に達した、すみわたった心であった。



底本:「海野十三全集 第12巻 超人間X号」三一書房
   1990(平成2)年8月15日第1版第1刷発行
初出:「冒険クラブ」
   1948(昭和23)年8月〜1949(昭和24)年5月号
   同誌の休刊により中断。
   「超人間X号」光文社
   1949(昭和24)年12月刊行の上記単行本で完結。
入力:tatsuki
校正:原田頌子
2001年12月29日公開
2002年1月28日修正
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