博士はうなずいた。
「博士さまの、その頭の鉢巻《はちま》きは、どうしたのけえ」
「作十《さくじゅう》よ。おまえ、ものを知らねえな。博士さまが頭に巻いているのは鉢巻きではない。あれは繃帯《ほうたい》ちゅうものだ」
「繃帯ぐらい、わしは知っているよ。繃帯のことを略《りゃく》して鉢巻きというんじゃ」
「強情《ごうじょう》だの、おまえは」
「博士さま、その頭の繃帯は、どうしなすったのじゃ」
それにたいして、博士は次のように答えた。
「この繃帯は、じつは悪性の腫物《はれもの》ができたので、そこへ膏薬《こうやく》をつけて、この繃帯で巻いているのです。悪いおできのことだから、いつまでも直らなくて、わしも困っていますわい」
「そんなところへできるできものは、ほんとにたちがよくないから、くれぐれも気をつけなされや。そうだ。ふもと村の慈行院《じぎょういん》へいって、お灸《きゅう》をすえてもらうと、きっと直る」
「うんにゃ、それよりも鎮守《ちんじゅ》さまのうしろに住んでいる巫女《みこ》の大多羅尊《だいだらそん》さまに頼んで、博士さまについている神様をよびだして、その神様に“早う、おできを直すよう、とりはからえ”と頼んでもらう方が、仕事が早いよ」
「いや、みなさんのご親切はうれしいが、わしは十分の手あてをしているから、ご心配はいらん。それでは、雇人《やといにん》のことを頼みまするぞ」
そういって博士は、帰っていった。
博士の希望したとおりの雇人の人数は、まもなくそろった。
「わしは職工《しょっこう》の仕事なんか、生まれてはじめてじゃが、それでも雇ってくれるかな」
「わしも職工というがらではないが、ええのかね」
「いや、けっこう。みなさん、けっこう。みんな雇います」
博士は、まず塔の壁を修理し、雨のはいらないようにした。それから地下室から、いろいろな工作機械るいを上へはこばせて、仕事のしよいように並べた。
それから素人職工《しろうとしょっこう》たちにたいし、博士は工作機械の使いかたをおしえた。
山の中の、まったく素人の農夫や炭焼きだった人たちが、博士の指導によって短い期間のうちにびっくりするほどりっぱな職工になった。
「うれしいなあ。わしは、こんなりっぱな機械を使いこなせるようになった」
「わしもうれしいよ。とにかくふしぎな気がする。わしは生まれつき不器用《ぶきよう》で、死んだ父親からさんざんと叱《しか》られたもんじゃったがのう」
「なんだかしらんが、なにかがわしにのりうつって、うまく作業をこなしていってくれるような気がしてならん。わしの力だけとは、どうしても思われんな」
「おれも、そういう気がする」
「ばかをいえ。そんなことがあってたまるか。やっぱりおれたちの技術者としての腕があったんだ」
この会話の中には、なぞのことばが、ところどころ頭を出していた。そのなぞが持つ秘密が、やがてとける日が来たとき、この素人職工たちはびっくり仰天《ぎょうてん》しなくてはならなかった。
それはとにかく、谷博士が新しくつくったこの山の中の製造工場からは、まもなくりっぱな製品がどんどん出るようになった。その製品は、なんであっただろうか。
それは機械人間《ロボット》であった。
「仕事をやらせるにべんりな機械人間をお買いなさい。畑の仕事でも、遠いところからの水くみでも、なんでもやります。しかも、人間の十人分は働きます。一台わずか五千円。二百円ずつの月賦販売《げっぷはんばい》も取りあつかいます。一週間のためし使用は無料です。三角じるしの機械人間工場」
こんな文句からはじまって、美しい絵ときをしてあるポスターが、ほうぼうの町や村にくばられた。
一週間ただで、ためしに使用してもよろしいと書いてあるので、それを申しこむ者がどの村でも一人や二人はあった。
申しこむと、機械人間工場《ロボットこうじょう》から、すぐさま機械人間がとどけられてきた。工場からは販売員がついて来て、使いかたをおしえる。そこで使ってみると、なかなかべんりでもあり、また人間の十倍も仕事をする。これはいいということになって、一度ためした人は、みんな機械人間を買う。
買えば、近所の人がめずらしがって、それを見物に集まってくる。なるほど、これは重宝《ちょうほう》だというので、こんどは何人もたくさん名まえをつらねて「買います」と申しこむ。
そんなわけで、谷博士の製造工場の経営は大あたりであった。
そのために、あたりの村や町の人は、博士さまをたいへんありがたく思い、もう昔のような悪口をいう者なんかいなかった。
怪《あや》しい谷博士
さて、ある日のこと。
ある日といっても、それは、日曜日の次の月曜日が祭日《さいじつ》で、土曜日の午後から数えると、二日半の休みがとれる日の、その日曜日の
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