弥陀仏の連唱が行われていた――その時であった。
(プスッ)というような鈍い物音が大臣席のうしろの方にした、と思ったら、その次の瞬間に、「ド、ド、どーんッ!」と物凄じい大爆音が起った。
あとは何にも判らなかった。
五分、十分……やや静まった。門外に居た参列者だけは、重症を負いながらも、一命はとりとめたようである。その連中が門内を覗きこんで、一種異様な臭気を持った煙の霽《は》れゆく間から本堂のあたりと覚しき跡に眼を移したものは、思わず、
「吁《あ》ッ」と叫んで、顔をそむけた。
門内に居た五百人の親戚や名士達は一人として生きては居ないらしい。その惨状を、ここに記すのは、筆者としても到底忍び得ないところである。
それから三十分経った。
恐るおそる本堂の跡へ入りこんだ警官隊の一行は、本堂の正面にある石の壇上と覚しいところから、おゥ、おゥと叫ぶ人声のあるのに気付いて、胆をつぶした。よくみると、それは無惨にも片足を失った重傷者が、救いを求めているのであった。それを皆が寄って、ようやく下へ降ろして見て再び大吃驚をしなければならなかった。というのは、その片足のない重傷者は、その日、葬儀をした筈の大熊老人その人に違いなかったから……
後で判明したことは、大熊老人は毒殺されたが、平常の抗毒方法がうまく効いて、棺の中に居るうち段々恢復してきた。ところへ、あの大爆発が起って、身体の大部分は石段の蔭になっていたので微傷もうけず、唯足だけは爆発|瓦斯《ガス》のため吹きとばされ、その一本を失った。足が一本|千断《ちぎ》れた疼痛が、ハッキリ老人を蘇生へ導いてくれたのであった。老人の死を計画した親戚一同は、花久が、混雑に紛れて式場へ担ぎこんだ喜助の仕掛けた爆発性大榊のために、一致協力して冥途へ旅立ち、皮肉にも大熊老人一人が生きのこった。
喜助はどうなったか。久作が椿事に遭って生命からがら帰って来たのを感ちがいした喜助は、初一念を貫いて、あれから直ぐ後で、鉄路の露となって消えてしまった。
[#地付き](「探偵」一九三一年七月)
底本:「「探偵」傑作選 幻の探偵雑誌9」光文社文庫、光文社
2002(平成14)年1月20日初版1刷発行
初出:「探偵」駿南社
1931(昭和6)年7月号
入力:川山隆
校正:伊藤時也
2008年11月12日作成
青空文庫作成ファイル:
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