なばかばかしいことがあってたまるものかと思うが、そう出ているんだから、よういわん。わしは、きょうかぎり、人相見をよそうと思う。インチキ極まる術だ」
わたくしは、専《もっぱ》ら、溜息《ためいき》の連発をやらかしただけであった。藤田師の言は、切々として、わたくしの胸をうった。といって、ここで木下藤吉郎のように、(いや、わたくしは今に大成功をする、お前さんの占いは正しいのだ)と大見得《おおみえ》を切る元気もなかった。それよりは、なぜわたくし自身が、そうした呪《のろ》わしい人間――いや生物に生れついたかという歎きであった。と同時に、果して四次元の生物ならば、わたくしの実体は如何なる形のものであるか、ということに対する好奇心に、ゆすぶられた次第であった。
爾来、私は、隠者のような生活をしている。今も私の身体は、ときどき人間たちの眼に見えなくなるようである。不意に人に突き当られて吃驚《びっくり》することが間々《まま》あり、そのたびに、また始まったなと思う。
近頃しらべてみたところ、わたくしの父母は未詳《みしょう》である。つまり、拾われた子であることがわかった。だから、人間の母胎《ぼたい》から生れてきたかどうか、その辺のことはすこぶる疑わしいこととなった。だが誰でも、自分が人間の母胎から生れてきたことをはっきり憶えている者はないであろう。この母の胎内から生れたのだというのは、単に誤伝に過ぎない。故に、実際は、わたくしと同様四次元の生物でありながら、うっかりしていて、それと知らないで過ぎている人が案外少なくないのではないかと思う。
そういう人は、よく注意をしていなければならない。往来やその他で、人にどすんと突き当られたときは、一応この疑いを持って(自分の姿が、今、相手に見えなかったのではないか、自分は四次元の生物の切断面(?)ではないか)と、反省してみる要があろう。
底本:「海野十三全集 第6巻 太平洋魔城」三一書房
1989(平成元)年9月15日第1版第1刷発行
初出:「ユーモアクラブ」
1940(昭和15)年1月
入力:tatsuki
校正:土屋隆
2007年7月24日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランテ
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