るわけにもいかないので、わたくしは、藤田師を煩《わずら》わして、わたくしの人相を見てもらった。もしや何か異様ある人相が現われていないかしらと、思ったのである。
 すると、藤田師は御自分の皺《しわ》が、隅田川のように大きく見える天眼鏡をもって、わたくしの顔を穴のあくほど見ていたが、やがて彼は、俄かに愕《おどろ》きの色をあらわし、おそろしそうに身を引いた。そして改まった口調でいいだしたことである。
「ふうむ、君の人相を仔細に見たのは今が初めてであるが、君の人相は天下の奇相《きそう》であるぞ。愕いたもんだ」
「なんだね、その奇相というのは……」
 わたくしは、いささか気味がわるくなって、問いかえした。すると藤田師は、平生のぐうたら態度に似合わず、きちんと膝に手を置いて、
「むかしわれ等の先輩の一人は、草履取《ぞうりとり》木下藤吉郎の人相を占って、此《こ》の者天下を取ると出たのに愕《おどろ》き、占いの術のインチキなるに呆《あき》れ、その場で筮竹《ぜいちく》をへし折り算木《さんぎ》を河中に捨て、廃業を宣言したそうであるが、その木下藤吉郎は後に豊太閤となった。だが、わしは今、この天眼鏡と人相秘書とを屑屋に売り払おうと思う」
「おい、脅《おど》かしっこなしだ。なに事だね、一体それは……」
「つまり君の人相だ。実に千万億人に一人有るか無しの奇相である。それによると、君はわれわれが今見ている現実世界の住人ではない」
「えっ、なんだって、少しもわけがわからない」
「わからないことはない。君は、超宇宙《ちょううちゅう》人種だ」
「超宇宙人種? いよいよわからなくなった。超宇宙人種かもしれないが、現にこうしてりっぱな日本人として、君の目の前にいる」
 と、威張ってみたものの、そのときわたくしは、はっと胸をつかれたように思ったのである。それは例のことを思い出したからであった。戸山ッ原の夜の散歩人に、わたくしの姿が見えなかったらしいあの夜の記憶が、戦慄とともに甦《よみがえ》ってきたのである。
 藤田師は、それに構わず、先を喋《しゃべ》る。
「これを分り易くいえば、わが眼に今見えている君は、君の実体を或るところから、すぱりと斬ったその切り口に過ぎない。たとえば、ここに一本の大根がある。その大根を、胴中からすぱりと切り、その楕円形《だえんけい》の切り口の面だけを見ていると同じことだ。つまり“ほほう
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