の前、総監の信頼するこの四名の権威者は、北見博士の取調べに、肩書を秘して立ち合ったのであった。彼らは、例の地震に遭って、危いところで、それぞれの生命を拾ったが、そのとき総監に答申したものは何であったかというと、
「北見博士は、精神病者だと認める。第五氷河期が近く襲来するという博士の説は、ぜんぜん根拠がない。いったい、氷河期の原因として考えられることは、四つある。第一は、地球軌道楕円率の変化があって起る場合。第二は、地軸の移動によって起る場合、第三は、太陽熱の変化によって起る場合。それから第四は、地殻の変動によって起る場合。さて、現在の状況を、この四つの原因にひきくらべてみるのに、第一乃至第三は、いずれも明らかに、現在の状況にあてはまらない。ただ第四の地殻の変動なるものが、わずかに現在の場合と関係があるらしく思われるが、しかしこの第四の場合は、学界でも、あまり人気のない学説である。というのは、地殻の変動によって地球が冷え、それで氷河期が起るものならば、有史以来これまでに四回の氷河期があったが、いずれの場合も、地球はいったん氷河に蔽われながらも、いつか氷が融けて、今日と同じく、地球の大部分は氷がなくなっている。もし、本当に地球が冷えたものだとすると、前の四回の氷河期ののち、氷が融けた[#「融けた」は底本では「触けた」]ことが、ふしぎである。まあ、そんなわけで、地殻の変動のために氷河期が来るという学説は、すこしおかしいところがある。要するに、自分たちの考えでは、現在活発なる活動をつづけている世界的噴火が、今後勢いを減ずることなく、このまま、百年も二百年もつづくのでなければ、氷河期は決してやってこないであろうと思う」
 これが、四人の権威者から得た結論の綜合であった。
 それを聞いたとき、総監は、なるほどと感心し、そして安堵したのであった。このうえは、北見老博士を精神病者として、どこかの病院に収容すれば、それでこの問題は解決するであろう。もちろん氷河期は、決して来るまいと、そのときは考えたのであった。
 ところが、それからこっちへ、一カ月の日が流れ、その間、総監は帝都の治安に文字どおり寝食を忘れて努力していたが、昨日、思いがけなく、総監は、北見博士の娘であるという北見氷子女史の訪問をうけたのである。
 氷子女史は、ハンドバッグの中から、一枚の用箋を出して、これが父からの用事
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