していられないのだ」
 と云って溜息《ためいき》をついた。
 丁坊が日本人であることは、丁坊自身ばかりではなく、読者もよく知っている筈だ。しかし読者がもし丁坊のような場合にであったとしたら、どうして見ずしらずの他人の前に出て、自分は日本人だという証明をなさるであろうか。なんでもないように見えて、それはなかなかむずかしいことだ。
 もう一つ、空魔艦がなぜ丁坊を下ろしたかという疑問は、これは空魔艦の幹部にきいてみないと分らない。
 しかしそれは、いま空魔艦のなかでどんな光景がひろげられているかを説明すれば、容易にわかることだった。
 ではその方へ、物語を移してみよう。
 ここは例の氷庫《こおりぐら》の前の、空魔艦の根拠地であった。
 丁坊をとらえた方の空魔艦「足の骨」の機長室では「笑い熊」と称《よ》ばれる機長が、マスクをしたまま一つの機械をいじっている。そのまわりには、六七人の幹部のほかに、中国人チンセイも加わって機械を注視している。
「こっちの機械はよく働いているんだから、もうそろそろ聞えてきてもいい筈だ」
 と「笑い熊」はいった。
 暫《しばら》くすると、その機械から、ぼそぼそと語りあう話声がきこえてきた。
「笑い熊」は緊張して、機械の目盛盤《めもりばん》をしきりに合わせた。
“隊長さん。なぜあなたがたは、こんな北極まで探険にこられたのですか。その目的はどんなことなのですか”
 そういう声は、紛《まぎ》れもなく丁坊の声であった。なぜ丁坊の声がきこえてくるのか。
“お前が日本人なら聞かしてもいいことなんだが――”
 という声は、たしかに隊長大月大佐の声であった。「笑い熊」はマスクの中《なか》でにやりと笑って、
「いよいよ喋《しゃべ》りだしたぞ。あっはっはっ、探険隊の奴らも小伜《こせがれ》も、まさかあの小伜の身体を包んだゴム袋の中に、無線電話機が隠してあるとは気がつかなかろう。見ていたまえ。いまに俺たちの知りたい探険隊の秘密の目的やなにかも、どんどん向うで喋ってくれるぞ。そうすればわが空魔艦の活動も、たいへん楽になる。うふふふ」
 驚くべきことを、「笑い熊」は云った。丁坊の身体を包《つつ》んだゴム袋の中に、無線電話機が入っているというのだ。もちろん丁坊も知らなければ、隊長大月大佐もこれを知らない。そしてこれが恐るべき空魔艦の一味に盗み聞かれるとは知らず、大佐はだんだんと
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