うじょう》にとびだしてゆく。
「もういないか、誰だ、残っているのは」
 大月大佐は、隊員の身の上を心配して、まだ舷の手すりにつかまっている。危険きわまりない芸当だった。ただ大佐は船首に近い位置にうつっていたので、残った隊員よりはずっと氷の上に出ていた。
「隊長、あぶないです。もうとびおりて下さい」
 氷上では、無事に避難した隊員が手をふりながら、口々に大月大佐に飛びおりるようにすすめる。
「まだ誰か残っている。もう二人いる。おい頑張れ。俺は、お前たちが出ないまでは、ここにつかまって見ているぞ」
 隊長大月大佐は一身を犠牲にして、逃げおくれた二人の隊員を元気づけた。
「おお、ううん、ううん」
 二人の隊員は隊長の声に元気づいた。そして無我夢中で断崖《だんがい》のように見える傾いた甲板をよじのぼった。
「もう一息だ。それ、頑張れ。一木に二村!」
 隊長の声は、ますます大きくなる。
「よ、よいしょ。うぬっ!」
 とうとう一木が氷上にとびついた。つづいて二村が飛んだ。
 そのころ、まるで棒立ちになった若鷹丸は、そのまま矢のように海中に沈んでいった。
「あっ、隊長、危い!」
 隊員たちが異口同音《いくどうおん》に叫んで、手で眼を蔽《おお》ったとき大月大佐の巨体は、もんどりうって氷上に転がった。
 と、それと入れ替えのように、若鷹丸の船影は、全く氷上から姿を消し、海底ふかく沈没してしまった。
 もう五秒も遅れると、大月大佐の身体は船体もろともに、氷の下にひきずりこまれたであろう。全く間一髪という危いところで大佐の生命は救われた。隊員おもいの大佐に、神様が救いの手をさしのべたせいであろう。
 丁坊はこの息づまるような避難作業の一部始終を、魅《み》いられるように氷上でみつめていたが、隊長が最後に救われたと知った瞬間、両眼から涙がどっと湧《わ》いてきて、眼の前がまったく見えなくなってしまった。
 なんという感激すべき人達だろう。さすが日本人だ。


   天幕生活《テントせいかつ》


 若鷹丸の沈んだ跡は、しばらくのうちは氷が船の形に明いていて、黒い水が淀《よど》んでいたけれど、そのうちにどこからともなく氷片がぶくぶくと浮いて来て、次第に白く蔽《おお》われていった。
 氷上には、早速《さっそく》天幕《テント》が急造された。大きいのが一つに、小さいのが三つできた。
 大きい方には、大
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