そういううちにも、船は一センチ、また二センチと、しだいに気味わるく下ってゆく。はたしてこれも空魔艦のせいであろうか。空魔艦はどんなおそるべき仕掛をしていったのだろうか。


   最後は迫《せま》る


 若鷹丸は、刻一刻と氷の下にめりこんでいった。
 大月大佐は隊員を指揮して、船内にあった大切な器具や残り少くない食糧を氷原にはこばせた。船はだんだん傾きはじめた。船首がたかく上にもちあがって、船尾はもう氷とすれすれになった。いままで真直に立っていた檣《マスト》が、今は斜に傾いているのもまことに哀れな姿であった。
 丁坊少年は、例のとおり達磨《だるま》さんのように手も足も厚い蒲団《ふとん》のようなものにくるまれたまま氷上に置かれて、沈みゆく難破船をじっとみつめていた。久方《ひさかた》ぶりで懐しい日本人に会えた悦《よろこ》びも、この沈没さわぎで煙のように消えてしまった。どうしてこうもよくないことが丁坊の行くところへ重なってくるのだろう。
「おい皆、もっと元気《げんき》を出して頑張れ。船が沈んでしまったら、それこそ何にも取りだせないぞ」
 と大月大佐は、まだ船の上に立って、しきりに隊員をはげましていた。
「食糧と水とは全部だしました。武器や観測用具も殆んどみな出ました。こんどはエンジンを出したいのですが、どうも間にあいません」
 と隊員が大声で叫んだ。
「いや、どう無理をしてもエンジンは出さなきゃいけない。無電室に小さいのがあったじゃないか」
「あれは前から壊れているのです」
「壊れている? 壊れていても、エンジンを一つも出さないよりはましだ。出して置いた方がいい。それから椅子や卓上《テーブル》や毛布など隊員の生活に必要なものは一つのこらず出してくれ」
「ええ、そいつはもうすっかり出してあります。船の向う側へ抛《ほう》りだしてあるんです」
「無電装置は出したろうな」
「ええ、短波式のを一組、いま出しにかかっているところですが、この分じゃ間に合うかなあ」
「間に合うかなあと心配ばかりしてはいけない。無電装置はぜひ入用だ。いいからすぐ全員をその方に向けて、なんとしても取出すんだ」
「はい、承知しました」
 船員は呼笛《よびこ》につれて、傾いた甲板《かんぱん》の上を猿《ましら》のように伝わって走ってゆく。
 そのうちに、ああっという叫び声が聞えた。見よ、若鷹丸の船首はすっかり宙
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