いことがあるよ。君は気がつかないか」
「え、もっとふしぎなことって。それはどんなことだい」
「それはねえ……」
と、三郎はいいかけて、ちょっとことばをのんだ。それは三郎としても、いいだすのにちょっと勇気がいることだった。
「早くいいたまえ」
と、木曾がさいそくした。
「……そんならいうがね。ねえクマちゃん。この月の世界には、生物はすんでいないはずだろう」
「そうさ」
「ところが、この缶詰の空き缶のころがっているところをみると、何者かがこの月にすんでいると考えられるのだ。つまり、この缶詰をあけてたべた奴《やつ》こそ、月にすんでいるふしぎな生物なんだ」
「気もちがわるくなった」
と、木曾は胸をおさえた。
「クマちゃん。だから、われわれはゆだんはならないよ。こうしているときも、いつどこから不意に、月にすんでいる先住生物におそわれるかもしれない」
「はあ、いよいよ気もちがわるくなった」
「早くひきかえして、みんなにこの空き缶をみせて知らせてやろうじゃないか」
「そうだねえ。だが、ちょっとお待ちよ」
「なにを待てというの」
「いや、ちょっとお待ちよ。三ぶちゃん。君は、ぼくをおどかそうと思って、この月の上に、へんな生物がすんでいるなどといったんだね。わかっているよ」
木曾少年が、急に三郎のことばをうたがいだした。
「あれ、クマちゃん。ぼくは君をおどかすようないじわるじゃないよ。なぜそんなことをいうんだい」
「だって、缶詰というものは、人間が発明したものじゃないか。月の先住生物が、人間と同じように缶詰を発明したとすると、あまりにふしぎだよ」
「このへんなしるしは……」
「そんなものは、符合だから、書こうと思えば人間にだってかけるよ。だから、この缶詰のからは、これまでに誰かこの月世界にとんできた地球人間の探険隊が、ここにすてていったものじゃないかと思う。きっとそうだよ」
木曾少年は、この空き缶は、ずっと前に、この月世界へ探険に来た地球人間がすてていったのにちがいないという。
「そうかしら。ぼくには、そんな風には思えないんだがねえ」
ここで、三郎と木曾との考えが、はっきりくいちがってしまった。二人は、なんだかちょっとさびしいような気もちになってだまってしまった。そして二人の足は、いつしか丘の方にむいていた。
岩石のとぎたった光の丘をのぼるのに、案外骨が折れなかった。月の上では、すべて歩行がらくであった。ちょっと岩のわれ目をぴょんととび越《こ》えるにしても、足に大した力を加えなくても、四五メートルはらくにとびこえられる。これは月の重力が、地球のそれに比べて、わずか六分の一という、たいへん小さいものであるからであった。
三郎と木曾とは、いつの間にか丘の上にのぼりついた。あたりのながめは急にひらけ、下界は明るく、空は黒く林も川もない荒涼たる月の世界のすさまじさが、一層二人の胸にひしひしとせまるのであった。
二人はこのすさまじい風景にのまれたようになって、無言のまま、しばらくそこに立ちつくしていた。
それからしばらくして、三郎は、思わずこえを出して、さけんだ。
「おや、あそこに誰かいるぞ」
彼はおどろいて、木曾の腕をつかんだ。
甲虫《かぶとむし》か鳥か
「クマちゃん、あそこに誰かいるよ」
「誰かがいるって、誰がさ」
木曾は問いかえした。
「ほらあそこだ。この丘の下の、大砲みたいに先のとがった岩の下だよ。かげになってくらいから、はっきりわからないが、ほら、丸い頭がうごいているじゃないか」
「丸い頭が……」
「ほら、日なたへ出てきた、先頭の一人が……。おやッ」
そこで三郎は、おどろきのこえをあげた。その拍子に、触角がはなれて、三郎のこえは木曾にきこえなくなった。木曾は、あわてて、触角を三郎の方へ近づけた。三郎のこえが、再びきこえだした。
「……あれは何者だろう。人間じゃない……」
「え、人間じゃないって」
木曾はおどろいて、さっき三郎の指《ゆびさ》した方をみた。
「あ、あれは……」
木曾は、その場にふるえあがった。
怪物がいるのだ。
大砲岩の下から、日なたへよじのぼってきた四つ五つばかりの影――それは後から見ると、ござをかぶった人間のような形に見えたが、正面を向いたところを見ると人間ではなかった。ちょうど、甲虫とペンギン鳥の合いの子をお化けにしたような異様な姿の生物であった。
「あれは何だろう」
「すごい化け物だ。月世界の生物だ」
「月世界には、生物はいないはずだが……」
「だって、あの怪物は、ちゃんとぼくたちの眼に見えているんだぜ。夢をみているわけじゃない。あれは鳥の化け物だろうか、それとも甲虫の化け物だろうか」
「どっちだか、わからない。おや、あの怪物は、手に缶詰をもっているじゃないか」
三郎が、また重
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