たのである。
それにしても、どうして三浦がクイクイの神となりすまして、原地人たちからそんなにあがめられているのか。
三浦に言わせると、流れついた島の人の中にあって、自分の命を安全にしておくためには、神さまになるのが、一番かしこいやり方だとおもったからだそうだ。そして、それはきわめて訳のないことだったというのである。
どうして?
そのわけは、これからクイクイの神が始めることを、しばらく見ていれば、ひとりでにわかるだろう。
クイクイの神は、ちょっと気むずかしい顔をして、二人の酋長のまえにすすみ出た。彼はえへんと咳ばらいをしておもむろに腕をくみ、
「こりゃ、願は何事じゃ!」
と、おぼつかない原地語でいった。
「おう、酋長ロロよ、クイクイの神が願をきかれるぞ、早くおまえのつれてきた病人をここへ出せ」
酋長ミンチがさいそくすると、
「これ、病人を前へつきだせよ」
酋長ロロは命令をした。
ロップ島の原地人たちは、いちどきに立ちあがって、その中に立っていた一人の若い女をかつぎあげて、クイクイの神の立っている前に、まるで土嚢《どのう》でもなげだすように荒っぽく、どんとおいた。
女は、悲鳴をあげながら、床の上にうつむけになってころがると、両肩を波のようにうごかして、くるしそうな息をついているのであった。いかにも重病でくるしんでいるらしい。
クイクイの神になりすましている漁夫三浦須美吉は、その様子をじっと見ていたが、やがて両手でもって、女の顔をぐっと正面にむけた。
女は、これからクイクイの神に何をされるのかと、あまりのおそろしさに、手足をぶるぶるふるわせている。
へんてこ医術
クイクイの神は、一座をずっとみわたし、いよいよ神の力をもってこの女の病気をなおしてみせるぞという合図をした。
ミンミン島の原地人たちの口からは、クイクイの神をたたえるような言葉がつぶやかれた。
そこでクイクイの神は、原地人の女の顔を見つめながら、両腕を前にぬっとつきだした。次に両腕を、ぽんぽんとたたいて、なんのかわりもないことをしめした。それから両腕をさかんにふりまわしたり、両手をにぎったりはなしたりしていたが、そのうちに右手の指さきを、かたくにぎった左の掌《てのひら》の中にさしいれて、ごそごそやっていたかと思うと、左の掌の中から、赤い紐のようなものをするするとひっぱりだした。
ミンミン島の人は、それを見ると、
「わあーわあー」
と、奇妙なこえをあげて、さかんにクイクイの神へむかって、おじぎをはじめた。
クイクイの神は、さももったいぶった様子で、その赤い紐をぱっと両手でふったと思うと、なんとそれは一枚の風呂敷ぐらいの布ぎれになっていた。
「わあー、わあー」
「ふ、ふ、ふーん」
ふ、ふ、ふーんの方は、酋長ロロをはじめロップ島原地人のため息であった。クイクイの神の、おそろしい力に、すっかりおどろいてしまったらしい。病気の女も、口をぽかんとあけて、クイクイの神の手に見とれている。
クイクイの神は、掌の中からとりだした赤い布ぎれを、みんなのまえで見せびらかすようにうちふった。そしてこんどは「やっ」と気合をかけると、赤い布の中から一羽の白い鳥をつかみだした。鳥は、ながい嘴《くちばし》をひらき、翼をばたばたさせてもがいている。
「わあー、わあー」
「ふ、ふ、ふーん」
ミンミン島人もロップ島人も、クイクイの神のおそろしい神力を目の前に見て、腹の底からおどろきのこえをあげて床の上にひれふした。
だが、クイクイの神のやっていることは、そう大してふしぎではない。それはごくありふれた小奇術なのだ。クイクイの神を名のる漁夫の三浦須美吉は、かねて習いおぼえていた手品でもって、これらの人たちをすっかり煙にまいてしまったのである。
しかし、彼にしてみれば何も手品が見せたくて、好きでやっているのではない。こうして原地人たちをおどろかしておかないと、いつ殺されるかもしれないからだ。彼はこうして神さまの威力を見せておいてから、
「おう、女、前に出てこい――」
と叫んだ。クイクイの神によばれた病気の女は、催眠術にかかったように、神の足もとへにじりよった。
「いよいよこんどは、お前の病気をなおしてやるぞ。どこが痛むか」
女は顔をしかめて、胸の下のところを指さした。
「おう、そこか。いまに痛みはとまるぞ。そこに悪霊《あくりょう》がすんでいるのじゃ。いまわが神力でもって、その悪霊をおい出してやる。こっちをむいて、わしの手を見ているがいい」
そういってクイクイの神は、右手を女の胸にあてたかとおもうと、「やっ」とさけんで、女のからだからひきはなして、さっと上にあげた。
「ああっ、それは――」
女はおどろきのこえをあげた。クイクイの神の手には、椰子の葉でつ
前へ
次へ
全49ページ中22ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング