かう
太刀川青年は、石少年の手をとったまま、水をけって、水面へ浮かび出た。
飛行艇は、その時、背中を半分ほど海面にあらわし、プロペラを夕空に高く、つき出していたが、ずぶずぶと、大きな姿を没して行く。
艇員や乗客たちが、たがいに呼び合う声が、波の音、風の音にまじって聞える。
「ダン艇長は?」と、あたりを見まわしたが、いくつもの頭が、波のまにまに見えるだけで、誰がどこにいるのかわからなかった。
「ぷーっ」
石少年が、のんでいた水をふきだした。
それを見て、
「おお、石福海、おまえは、どのくらい泳げるか」
太刀川はきいた。
「泳ぎ? 泳ぎなら、百里は、大丈夫ある。わたし生れ香港、五つの時から泳ぎおぼえた」
石少年は、立泳ぎをしながら、こんなのんきな返事をした。
「なに、百里? あきれた奴じゃ」
太刀川は、思わず笑って、石少年の顔を見た。
波はまだ大きい。
西の水平線に、しずみかかった太陽が、海面を金色にそめているのが、かえってものすごかった。
クリパー号は、もう波間にのまれてしまって、そのあととおぼしいあたりに、乗客たちの持ち物が、ただよっている。
耳をすますと、遭難者たちの声が、相変らず、もの悲しく聞えていた。
おそろしい渦
波は、いくらか小さくなったようだが、急に黒っぽさをました。
闇が身近にせまって来ると、石少年は、心細くなったのか、
「先生、わたし一晩中、泳ぎつづけても、大丈夫あるが、夜、何だかこわいよ」
といいだした。
「だまって[#「だまって」はママ]、おまえは目がわるくて、二メートル先も、よく見えないのだろう。じゃ、夜だって昼だって同じことじゃないか」
「それ、ちがう、さっきの海魔、わたしの足くわえ、海の底、ひっぱりこむような気がする」
「はっはっはっは……何のことかと思ったら、それか。ところが僕は、あの海魔に、もう一度会いたいと思っているんだよ」
二人が、波にもまれながらこんな話をしている時であった。又も遠い海鳴のような音が、ごーっと聞えだしたかと思うと、とつぜん、闇の彼方から、
「あっ」
「あれ、あれ」
「きゃっ」
という悲鳴。
「先生、あの声は?」
「うん、みんなの声だ。いよいよ出たか」
「え、何がです」
「心配するな、何でもないよ」
そういってる間に、おびえきった声が、右の方からも左の方からも聞えだし、それが、だんだんひろがっていくような気がした。
「あ、先生。わたしの体、ながされる。おお、大きな渦、先生、あぶない」
「なに、渦だ。うーむ。いよいよやってきたか」
太刀川が、そうつぶやいた時、石少年の体が、まるで船にでものっているように、すーっと、目の前を流れた。
「せ、先生。渦がわたしをひっぱるよ。た、助けて!」
石少年の細い腕が、高くあがったのを見た。
しかしそれと同時に、太刀川の体も渦にのって流されはじめた。
「おお、石、しっかりしろ!」
もう石少年の返事はない。そのうちに、ぴちぴちという生木をさくような、ぶきみな音が、渦のまん中と思われるあたりから聞えだし、彼の体は、くるくるとまわりだした。
「む、無念だ」
と思った時、急に足が下にひっぱられるような気がした。必死にもがいたが、むだであった。太刀川の体は、いよいよはげしく、まるでこま[#「こま」に傍点]のように早くまわりだした。
「もう、だめか」
彼は観念の眼をとじた、瞬間、頭の中をかすめるものがあった。
原大佐の顔、
重大使命は?
海魔は?
ケレンコ、リーロフは?
やがて彼の気は、だんだん遠くなっていった。
× × ×
太刀川時夫と石福海を、のみこんだ大きな黒い渦は、ゆらりゆらりと所をかえて行く、その底のあたりに、何か、ぴかりぴかりと光るものがあったが、ごーっという海鳴が一だんと高くなり、あたり一面が、ものすごく波立って来たかと思うと、やがて、まっくろい海面を、つきやぶって、ざざー、ざざーと、泡立てながら、ぬーっと姿をあらわした恐しくでかいものがある。
大海魔であった。
夜目にもそれとわかる、あのものすごい大海魔の頭であった。
ミンミン島の珍客
太刀川時夫と石福海少年とを一のみにしたものすごい大渦巻は、いつしか海面から消えてなくなった。洋上にただよいつつ、しきりに救いをもとめていたクリパー号の他の艇員や乗客たちの声も、いまはもうどこにもきこえなくなった。
この人々の運命は、どうなることであろうか?
太平洋上に、とつぜんかま首をもたげた、世にも奇怪な海魔の謎は、いつ誰がとくであろうか?
それはしばらくおいて、この物語をミンミン島とよぶ、太平洋上の一つの小さな島の上にうつすことにする。
ミンミン島は、色のくろい原地人たちが、みんな高
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