た。
「あのとおり方向舵が曲ってうごかなくなってしまったんだ。あれを直さないかぎり、本艇は海上に墜落のほかない!」
「なにを!」
ケレンコは、ゴリラのように歯をむいて、太刀川青年の方へちかづいた。
荒肝《あらぎも》をひしぐ
どこまでも、不運なクリパー号は、この暴風雨のために、方向舵までも、まげられてしまった。
艇にとっては、今や人も機械も何のやくにもたたない。ただ暴風雨のまにまに、どこまでも、ながされてゆく。
いつ突風がおこるかわからない。突風がおこって艇にたたきつけるようなことがあったら、おしまいである。下にはあれくるう波が、艇と人とをひとのみ[#「ひとのみ」に傍点]にしようと、白い牙をむいて待ちかまえているのだ。さすがのケレンコも、太刀川青年に、方向舵の曲ったことを知らされて、顔色をかえてしまった。
が、太刀川青年は、おちつきはらって言った。
「さあ、どうしますか、ケレンコさん。われわれはともかく、あなたがたは、ここで艇と一しょに、海中へおちて死ぬつもりですか」
ケレンコは、だまっていたが、その目は、あきらかにうろたえていた。
「どうしますか、ケレンコさん。われわれも死ぬが、あなたがたも一しょに死ぬのですよ」
太刀川青年は、ここぞとばかり言った。
「なに、死ぬ?」
ケレンコが、ひくい声でつぶやいた。さすがのケレンコもこれには、完全にまいったらしい。
「じゃ、太刀川君。どうすればよいのだね」
ついにケレンコは一歩ゆずった。太刀川青年の言葉は、敵の荒肝《あらぎも》をひしいだ。
「それは考えるまでもないじゃありませんか。あの曲った方向舵をなおすことですよ!」
と太刀川は、こともなげに言った。
「な、なんだと、太刀川君」
ケレンコはおどろいた。
「あの方向舵の故障は艇内でなおすわけにはいかない。しかし、この暴風雨の艇外に出て、そんなはなれわざ[#「はなれわざ」に傍点]が、できるものじゃない」
「ケレンコさん、それをやるのです。やらなければ、われわれは死ぬよりほかないのですよ。二人でやればできないこともないと思います。僕とあなたで、早いところやろうではありませんか」
「え、君とわがはいとで……」
鬼のようなケレンコも、この一言には、まるで串ざしにされたかたちだった。
太刀川青年は、艇長の方をふりむいて、
「さあ、ダン艇長、早く麻綱をもってきてください」
ダン艇長は、さいぜんから太刀川青年の胸のすくような[#「すくような」は底本では「すくよううな」]応対ぶりに見とれていたが、はっとわれにかえり、いいつけどおり、この操縦室の網棚から麻綱の束をかかえおろした。
「さあ、ケレンコさん。これで胴中をゆわえて、僕と一しょに早くきて下さい」
「ちょ、ちょっと待て。わ、わがはいはこまる。誰か外の艇員をつれてゆけ」
ケレンコは一歩後ずさりをした。
「何をいっているのだ、ケレンコ! ほんとに命が大事だと思う者がゆかなければ、この艇をすくうことはできやしないよ。艇長たちは、暴風雨相手に操縦することだけで一ぱいなんだ。これはどうしても、君と僕の二人がやるべき仕事のようだね」
「うーむ」とケレンコはうなった。そして後をふりむき、
「おいリーロフ。君はわがはいよりも、はるかに技術者で、力がある。君がゆけ」
すると、さっきから二人のおし問答に、耳をかたむけていた大男のリーロフは、何を思ったか、おおきくうなずくと、
「よし、じゃ、おれがゆこう。ケレンコ、こっちの艇員どもは、君にあずけたよ」
といって、彼はピストルをポケットにしまいこむと、太刀川青年に見ならって、麻綱を胴中にぐるぐるとまきつけた。
大冒険!
このままほうっておけば、艇は墜落するよりほかないのだが、それにしても、諸君、太刀川青年はすこし、やりすぎたのではないだろうか。この暴風雨中に、艇外へ出て、方向舵をなおすなんて、人間わざでできることではない。日本をはなれるとき、原大佐から重大使命をさずけられた身として、かるはずみのしわざ[#「しわざ」に傍点]ではあるまいか。
いや諸君、太刀川青年は、けっしてその重大使命をわすれるような男ではない。いや、これを思えばこそ、ケレンコ事件がおこってからこっち、ひそかに計画をすすめていたのだ。
その重大使命をはたすために、彼は、にくむべきケレンコとリーロフの国際魔二人を、死なせてはならないと思っていたのだ。
なぜ? その答は、太刀川青年の胸のなかにある。今はただ謎として、これだけを承知しておけばよいのだ。
それはともかく、太刀川のたてた計画は、順序正しく、はこびつつあった。
操縦室の停電も、それであった。
そして停電のすぐ後に、猿のようなものが、しのびこみ、ケレンコにちかづき、何事かしてまた出てい
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