たちは、てんでに勝手なことをいって、さわぎだした。
「さあ、早く歩け」
密航少年
と、隊長の艇員は叱りつける。と突然、
「やかましいやい」
とリキーが座席から立ち上って、どなった。
「密航少年の一人ぐらいで、なんというさわぎをやってるんだ。俺がかわって片づけてやらあ。さあ、その小僧をこっちへよこせ」
リキーは、松の木のような太い腕をのばして、少年をぐいとつかんだ。
「ああ、ちょっとお待ちください。この少年の処分は、ダン艇長がいたしますから、どうかおかまいなく」
艇員の隊長は、腕節のつよそうなリキーに遠慮がちに、それでもいうだけのことをいった。
「おれはさっきから、頭がいたくてたまらないんだ。貴様がこの小僧をぴいぴい泣かせるものだから、頭痛がいよいよはげしくなってきたじゃないか。なあに、こいつを片づけるくらい、訳のないことだ。窓から外へおっぽりだせば、それですむじゃないか」
リキーは、たいへんなことを、平気でいった。そしてそれをすぐにもやりそうであった。
乗合わせている婦人たちは、さっと顔色をまっ青にした。
「まあ、ちょっとお待ちください。いま艇長に話をいたしますから」
「艇長なんかに用はない。そこを放せ」
ケント老夫人が、リキーをとめるだろうと思っていたのに、どうしたわけか、老夫人は知らぬ顔をしてそっぽを向いている。
このさわぎを、太刀川時夫はさっきからじっと眺めていた。はじめは冗談のおどかしかとおもっていたが、リキーが本当に、中国少年を飛行艇からなげだしそうなので、これは困ったことになったと思った。
密航するのは悪いにきまっている。しかしその罰に、命をとるというのは、無茶な話だ。可哀そうに、少年は、リキーの腕の中で手足をばたばたさせながら泣き出した。
(もう見ていられない。誰もたすけだす者がいなければ、一つ僕がリキーをとっちめてやろうか)
と、太刀川は考えた。リキーは、相当腕節が強そうだが、強い者が弱い者をいじめているのを日本人の血はどうしてもだまって見ていられないのだ。
彼は、拳をかためて、すくっと立ちあがった。その時、足もとでがたんと音がした。何かとおもって下をむくと、東京を出発するとき原大佐から贈られた例の太いステッキであった。
“待て太刀川!”
洋杖が、なにか囁いたようであった。
“お前の使命は、重大だぞ”
大佐が別れにのぞんで彼にいった言葉が思いだされた。
(そうだった。軽々しいことはできない)
太刀川は、一歩手前で、気がついた。彼の双肩には、祖国日本の運命がかかっているのだ。リキーと闘って勝てばいいが、もし負けて、中国少年同様、南シナ海になげこまれてしまえば、祖国への御奉公も、それまでではないか。
(といって、あの中国少年は見殺しには出来ない)
太刀川は、わが胸に問い、わが胸に答えながら、考えこんでいたが、何事を思いついたのか、
「そうだ」といって席をたった。
おそろしい制裁
ダン艇長は、隣室の騒ぎを、まだ知らなかった。太刀川が扉をひらいたので、はじめて気がついたようであったが、太刀川は立ちあがろうとするダン艇長を、すぐさま手まねで押しとどめて、そして扉をぴたりと閉じた。
どんな話が、艇長室のなかでとりかわされたかわからない。
だが、それから、一、二分のち、ダン艇長は間の扉をひらいて、さりげない風で、たけり立つリキーの前にやって来た。
「おさわがせして、あいすみませんでした。どうぞリキーさん、その少年をこっちへお渡しください」
艇長は、おそれ気もなく、リキーによびかけた。
「な、なんだ。うん、貴様は艇長だな。貴様たちが、あまりだらしないから、こういうことになるのだぞ。さあ、どけ、おれがじきじき、この密航者を片づけてやるのだ」[#「やるのだ」」は底本では「やるのだ」]
「ちょいとお待ちください。あなたは密航者密航者とおっしゃいますが、その密航者は、どこにおります?」
「なんだと!」リキーは、眉をぴくりとうごかした。
「密航者はどこにいるかって? この野郎、貴様の目は節穴か。よく見ろ、こいつを」
リキーは、熟柿のような顔をしながら、片腕にひっかかえた中国少年の頭を、こつんと殴った。
「あ、その少年のことですか。それなら密航者ではありません」
「何を、貴様、そんなうまいことをいって、おれはそんな手で胡魔化されないぞ」
「いえ、本当なのです。その少年の渡航料金は、ちゃんと支払われているのです」
「馬鹿をいうな。おれはそこにいる艇員が、密航者だといったのを聞いたのだ」
「いや、それは何かの間違いでございましょう。この少年の渡航料金はたしかにいただいてあります。艇長が申すのですから間違いありません」
「そんな筈はない。一体だれが渡航料を払ったのだ」
「だれで
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