用意してまいりました。さあすぐおのり下さい。いま潜水扉をあけます」
「うむ」ケレンコは、なにか、ひとりでうなずきつつ、太刀川をうながして、迎えの潜水艦の胴中についている潜水扉から、艦内へはいった。
太刀川もケレンコにつづいて艦内へはいったが、とたんに通路のむこうから、こっちを見てにやにや笑っている体の大きい士官の顔!
あ、リーロフ大佐だ! 本もの[#「もの」に傍点]のリーロフ大佐だ!
万事休す
「あ、リーロフ大佐だ!」
太刀川時夫は、潜水着の中で、おもわずさけんだ。
無理もない。リーロフの潜水着をきて、リーロフになりすましているところへ、本もの[#「もの」に傍点]のリーロフ大佐があらわれたのである。
(錨にしばりつけたはずのあのリーロフが?)
そんなことを考えてみる余裕さえなかった。
太刀川時夫の運命は、きまった。太平洋魔城の大秘密を、ことごとく見てしまった以上、生きて日本へかえされるはずはない。
逃げるか?
とっさに考えて、あたりを見まわしたが、潜水扉は、すでに水兵の手で、ぴたりととじられてしまい、その前に、二人のたくましい哨兵が、こっちへ逃げてきてもだめだぞといわんばかりに、けわしい目つきで、はり番をしているのだった。
リーロフ大佐は、大股でつかつかと歩みよって、いった。
「おい、太刀川。おれの潜水服の着心地はどうだったかよ」
だが太刀川は無言のままだ。
「おれのいうことが聞えないらしい。はてさて、こまったものだ」
と、わざとらしくいって、
「ふん、さっきは貴様のおかげで、もうすこしで古錨をかついだまま亡霊になりはてるところだった。運よくケレンコ閣下が通りかからなければ、すくなくとも今ごろは、冷たい海底にごろ寝の最中だったろう」
リーロフ大佐は、そういって、太刀川をにらみつけると、コップ酒を、うまそうにごくりとのんだ。
「おい、なんとかいえ。おればかりにしゃべらせないで。いや、待て待て。その兜をぬがせてやろう。どんな顔をしているかな」
リーロフ大佐は、コップを水兵に渡して、太刀川の方へ、すりよってきた。その手に、太いスパナー(鉄の螺旋《ねじ》まわし)が握られていた。
太刀川は、それでも無言で、つっ立っている。
「おい、水兵ども。おれの潜水服をぬがせてしまえ」
そういうと、水兵たちは、どっと太刀川にとびかかって潜水服をぬがせた。
兜の下から青白くこわばった太刀川の顔があらわれた。
「あっはっはっは。こわい顔をしているな。おい、太刀川。さっきから、こうなるのを待っていたんだ。積り重る恨のほどを、今、思い知らせてやるぞ」
リーロフ大佐は、酔った勢いも手つだって、鋼鉄製のスパナーを、目よりも高くふりあげた。
たくましい水兵たちは、太刀川をおさえつけて、さあ、やりなさいといわんばかりに、リーロフの方へつきだした。
ケレンコの腹の中
太刀川は、声もたてず、しずかに瞼《まぶた》をとじていた。
リーロフが、満身の力をこめて、スパナーをふりおろそうとした時、うしろから、その腕を、むずとつかんだ者がある。
「あ、誰だ。……」
リーロフは、まっ赤になってどなった。
「リーロフ。なにをばかなまねをする。わしのつれてきた珍客を、お前は、どうするつもりだ」
司令官ケレンコだった。
ケレンコは、奥へいって、艦長から報告をきくと、すぐ引返して来たのだ。
「はなしてください、ケレンコ司令官。この太刀川こそ、わが海底要塞にとって、たたき殺してもあきたりない人物じゃないですか」
「そんなことは、よく知っているよ。しかしお前は、あんがい頭が悪いね。太刀川と知りつつ、海底要塞を案内したり、恐竜型潜水艦の威力を見せてやったりしたのは、一たい何のためか、それぐらいのことがわからないで、副司令の大役がつとまるか」
ケレンコは、リーロフを小っぴどくとっちめた。だが、リーロフはひるまなかった。
「でも、ケレンコ閣下、太刀川みたいなあぶない奴は、早く殺しておかないとあとで、とんだことになりますぜ」
「それだから、お前はだめだというんだ。太刀川は、日本進攻の際の、このうえないいい水先案内なんだ。お前には、それが分からないのか」
「え?」
「この男は、海洋学の大家だぞ。ことに、日本近海のことなら、なんでも知っているはずだ。この知識をわれらの目的につかうまでは、太刀川は大事な人間なんだ。おい太刀川。貴様にも、はじめてわけが分かったろう。生かすも殺すも、わしの勝手だ。だが、わしの命令にしたがえば、恩賞はのぞみ次第だ」
太刀川は、
(何を、ばかな)
と思ったが、それには答えず、何事を考えたのか、にやりと笑った。
「おい、衛兵長。それまでこの太刀川を監禁しておけ」
「は。どこへ放りこみますか」
「あいている部
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