雨をのりきったか。では操縦長にこうつたえよ。下界が見えるところまで雲の下に出ろとな」
「は、そうつたえます」
「それから針路は、さっき言ったとおり、もとの方向へもどっているだろうなと言え。もう一つ、ガソリンの量を至急しらべて報告してくれ」
「はい」
 伝令員の、ひっかえしてゆく足音がきこえた。
「艇長、ケレンコはどうしました」
「ケレンコは、あなたの計画どおり捕らえて、貨物室におしこめてあります」
「本艇は、暴風雨圏からうまくのがれたのですか」
「そうです。もう風雨はしずまっています」
「着陸地点までとべますか。無電連絡はまだつきませんか」
 そう言っている時、どこやら、はなれたところで、はげしく人のあらそう声がきこえた。それにまじって、がらがらと物のこわれる音だ。すわ、また事件か?
 どたどたとかけこんでくる靴音!
「艇長、たいへんです。ケレンコがにげました」
「なに、ケレンコがにげたって」
「綱をゆるめて、貨物室の窓をやぶって、外へとびだしました」
「え、外へとびだしたか。どっちへ落ちた」
「あ、こっちです。見えます見えます。ほら、あそこへ落ちてゆきます」
 艇長ダンは、窓にかじりついた。その時ケレンコが、落下傘をひろげてふわりふわりと落ちてゆくのがみとめられた。
「おお落下傘を、どうしてケレンコが? ああ、しかしあれは本艇の落下傘ではないな」
「そうです。艇長。ケレンコは服の下に、あの奇妙な落下傘をしのばせていたんです」
「そうか、あんなものを持っていたか。ざんねんだ。とうとう二人ともつかまえそこねた」
 艇長は、くやしそうにさけんだ。が、あれほど、行手をさえぎった雲が、どこかへふきとんでしまって、すぐ目の下に、青々と水をたたえた大海原が見えだした。その時であった。
「艇長、ガソリンが、もうすっかりなくなりました。まもなくエンジンがとまります」あわただしい注進。
「なに、ガソリンがついにきれたか」
 ああ、マニラから遠くはなれた北方の洋上に、わがクリパー号は、着水しなければならぬのか。艇内百余の命は、これから一たいどうなるのだ。
「あ、あれはなんだ?」
 いつのまにか、窓によっていた太刀川時夫が、おどろきの声をあげて、はるかかなたを指さした。
 艇長は、その方を見た。雲の切れめをかすめて、とつじょ、洋上に姿をあらわしたのは、今まで見たこともない、ふしぎな大海魔
前へ 次へ
全97ページ中34ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング