て、方向舵の折れまがったところを切りはなしてくれ!」
 リーロフは、ジリジリと彼の方へはいよってくる。
「おいリーロフ、そっちだよ。方向舵の胴体にくいこんでいるところを切りはなすのだよ」
 リーロフは、太刀川の言っていることがわからない様子をして、なおも太刀川にちかづいてくるのだった。
「あ、リーロフ、何をする!」
 何たることか! リーロフは、やにわに斧をふりかぶると太刀川の体をつないでいる命の綱をめがけて、さっとうちおろした。
「あ」
 ぷつんと綱は切れて、太刀川の体は、ふわりとうきあがり、猫が背中をまるくしたようになった。次の瞬間、彼は、ふきとばされたかと思ったほどだったが、ふたたびうまく胴体にしがみつくことができた。
 リーロフは、歯をむきだして、あざ笑った。それから彼は、方向舵の方へ、からだをうつしていった。
 太刀川は頭を艇にすりつけ、死んだようになっている。
 リーロフは、ふたたび斧をふりかぶった。そして方向舵のまがり目をめがけて、ガンとうちこんだ。
 斧の刃がうまくはいった。ぶーんと音がして、方向舵は生きかえったように、つよくはねかえって、もとの位置にもどった。その時、
「ぎゃ!」という妙な声、
「おや!」と頭をもたげた時には、今の今まで前にいたリーロフの姿が見えない。
 太刀川は、びっくりして下を見た。
「あ、あれは?」
 艇の下方で、リーロフが綱のはし[#「はし」に傍点]につかまって、ブランコのように大きくゆれているのを見た。リーロフは、もとの位置にはねかえった方向舵にはじかれて、艇の胴体からすべり落ちたのだ。だがもう一つおどろいたことがあった。リーロフの胴をゆわえていたはずの綱がとけて、彼はわずかに、そのはしをにぎっているのであった。
「あ、あぶない!」
 と、太刀川がさけんだ時は、もうおそかった。リーロフが、力つきて綱をはなしたのだ。あやつり人形のように手足をばたばたうごかして、下に落ちてゆくリーロフ! その顔が赤ペンキをぶっかけたように見えたのは、方向舵にはねられた時にけがをしたのでもあろうか。リーロフの体は、みるみるうずまく黒雲の中にすいこまれてしまった。
 ああ、リーロフは落ち、そして方向舵はもとにかえったが、太刀川青年は一たいどうなるのだろう。


   心配なガソリン


 どうしてきたかわからないが、とにかく太刀川青年は、胴体をは
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