百五十に!」
ケレンコは、スミス操縦長に噛みつきそうな形相でさけんだ。
「わ、わかりました。そのとおりやります!」
スミスは、唇をぶるぶるとふるわせながら、きっぱりこたえた。
「ああ!」
ダン艇長は、その横で、絶望のため息をついた。
(これでは陸地へは、だんだん遠ざかる。そしてもしこの飛行艇がこわれたら)
艇員の身の上を、そしてまたあずかっている乗客たちのことを心配して、艇長の胸のうちは煮えくりかえるようであった。
助けをもとめたいにも、無電はこわれてしまった。それに他の飛行機か汽船でも通っていればいいが、こんな暴風雨地帯を誰がこのんで通っているものか。たとえ通りかかっていたにしろ、暴風雨警報をきいて、すばやく安全地帯へにげてしまったろう。
(神よ、われ等に救いをたれたまえ!)
ダン艇長は、心の中に、神の名をよんだ。
艇内は、にわかにエンジンの音が高くなった。それはまるで金鎚で空缶をたたくようなやかましい音だった。今にも艇が、どかんと爆破するのではないか、とおもわれるようなものすごい音であった。――スミス操縦長は、ついにケレンコの命令どおりに、暴風雨中に三百五十キロの高スピードを出したのだった。
「ああ、これでいい。こりゃ、愉快だ!」
どういうつもりか、計器の針をながめて、ひとりよろこんでいるのは、おそるべき委員長ケレンコであった。
他の者は、誰の顔も血の気がなかった。
しゅうしゅうと風が穴から、はげしくふきこむ。ごうごう、がんがんとエンジンはなりつづける。これでは、まるで地獄ゆきの釜のなかのようなものだ。艇員たちは、それぞれ神の名をよびつづけていた。
そのときだった。入口から、おもいがけなく、一人の青年の姿があらわれた。
「やあ皆さん、ちょっと失礼しますよ」
「おお、あなたは――」
ダン艇長は目をみはった。
その青年は、ほかならぬ太刀川時夫であった。今まで彼はどこにいたのであろうか。右手にはあの太いステッキが握られている。だが、ふしぎなことには、彼の顔は、どうながめても、このさわぎを少しも感ぜざるものの如く落ちつきはらっていた。
「やあ皆さん。乗客の一人として、ちょっと御注意いたしますが、この飛行艇はついに運転不能となりましたよ」
命の方向舵
今まで見えなかった太刀川青年が、とつぜんあらわれて、こんなことをいったものだから
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