が鳴りだした。乗客たちは、飛行艇の窓から外をのぞきながら、小蒸気の甲板にいる見送人と手をふり、ハンケチをふって、別れの挨拶をする。
「出航用意!」
艇長ダンの声が聞えた。
太刀川の席のすぐ向こうに、艇長室があるらしく、彼の命令する声がひびいてくる。しかしこれはよく調べてみると、艇長室と彼の席のすぐうしろの壁との間に空気ぬきのパイプが通じていて、それがあたかも伝声管のような役目をして、向こうの声がこっちへ伝わってくるものだとわかった。
発動機は、轟々《ごうごう》と音をたてて廻りだした。いよいよ太平洋を西から東へ、一万四千キロの横断飛行が始るのである。
「出航!」
号令とともに、飛行艇は海上をすべりだした。
スピードは、ぐんぐんあがる。
艇のあとにひいた夥《おびただ》しい泡が、はたとたち切れると、艇はすーっと浮きあがった。空中の旅が始ったのである。見下す海面は、ガラス板のように滑らかであった。
どこかで、無電をうっているらしい音が、しきりにする。
ふりかえると、いつの間にやら、香港一帯が箱庭の飛石のように小さくなった。発動機の振動が、微かに座席にひびいてくるぐらいで、全く快い空の旅であった。
酔っぱらいのリキーは、大きな鼾《いびき》をかいて寝こんでしまった。老夫人もその隣で、じっと睡《ねむ》っているらしい。室内では、乗客たちがだいぶん落ちついて、あっちでもこっちでも、しずかな談話をはじめたり、チョコレートの函をひらいたりしている。しかし艇員が出入に防音扉をあけるごとに、轟々たる発動機の音が、あらゆる話声をふきとばしてしまう。だが、なんという穏やかな空の旅であろう。
それから一時間たった。
艇は、針路を南東にとって、一路マニラにむけて飛行中であった。すでに陸地はとおくに消えてしまって、真青な大海原《おおうなばら》と、空中にのびあがっている入道雲との世界であった。その中を、飛行艇サウス・クリパー機は翼をひろげ悠々と飛んでゆく。
「艇長、本社から無電です」
「なんだ、ニューヨークの本社からか。ほう、これは暗号無電じゃないか、なにごとが起ったのか」
艇長は、しばらく黙っていた。暗号を自分で解いているらしかった。
「事務長をよべ」艇長の声は、甲高い。
「艇長、お呼びでしたか」
「うん。本社からの秘密無電だ。えらいことになったぞ。これを読んでみろ」
「はい」
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