て、嫌いじゃ。第一、羊の肉が、珍味といえるか」
「羊の肉ではございません。なら、用談より先に、これをごらんに入れましょう」
密使は、背中に負っていた大きな包を、機械台のうえに下《おろ》した。博士は、鼻をくんくんいわせながら、傍《そば》へよってきた。
「燻製《くんせい》じゃな。いくら燻製にしても、羊特有の、あの動物園みたいな悪臭は消えるものか」
「まあ、黙って、これをごらん下さい」
密使油が、包を派手にひろげると、中から鼠色《ねずみいろ》の大きな動物が現れた。顔を見ると、やはり鼠に似ていた。
「ほう、これは大きな鼠じゃな」
「金博士。鼠ではございません。これはカンガルーの燻製でございます」
「カンガルーの燻製?」
博士は、目を丸くして、両手を意味なく、ぱしんぱしんと叩いた。
「さようです。カンガルーです。これは只今醤主席の隠れ……あ、むにゃむにゃ、ソノ、特別特製でございます」
「特製はわかったが、むにゃむにゃというところがよく聞えなかったし、一体これは、どこの産じゃ」
「はあ、それは御想像に委《まか》せるといたしまして、とにかく醤主席は、かような珍味を博士に伝達して、その代り、博士におねだりをして来いということでありました」
「なんじゃ、わしにねだるというと、また新発明の兵器を譲れというのじゃろう。昔の因縁《いんねん》を考えると、わしとて、譲らんでもないが、しかしあのように敗けてばかりいるのでは張合《はりあ》いがない。――で、当時《とうじ》、醤の奴は、どこにいるのか。重慶《じゅうけい》か、成都《せいと》か、それとも昆明《こんめい》か」
博士の質問は、密使油にとって、甚《はなは》だ痛かった。当時、醤主席およびその麾下《きか》百万余名は、その重慶にも成都にも、はたまた昆明にも居なかったのである。
「は、それはわが政権の機密に属する事項《じこう》でございますから、私から申上げかねます。しかし、主席はぜひ博士の御好意によって、最近御発明になったあの……」
といいながら、密使は一応四方八方へ気を配った上で、
「……あのう、それ、人造人間戦車《じんぞうにんげんせんしゃ》の設計図をお譲《ゆず》り願ってこいと申されました。どうぞ、ぜひに……」
「あれッ。ちょっと待て。わしが極秘にしている人造人間戦車の発明を、どうして、どこで知ったか」
「それはもう、地獄耳《じごくみみ》でご
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