ハンスも、この門下生だった。博士は、ちょうどドイツ軍がオランダに侵入したことが放送された直後、われわれ二人をよんで、その二つの黒い筒を預けたのだった。
 ――非常の際には、君たちは、何をおいても、これを一本ずつ背負って逃げてくれ。そして世界大戦が鎮《しず》まって、わしが再び世にあらわれるまでは、それを各自が、ちゃんと保管していてくれ。もちろん、その密封を破ることはならない。もし、万一この筒を捨てなければならないときが来たら、底のところから出ている導火線に火をつけるんだ。だが、いよいよもういけないというときでなければ、火をつけてはならない。わかったね。――
 モール博士は、長さ三十センチほどの、なんの印もついていない黒い筒を二本、二人の前に並べたのであった。
 ――博士、一体この筒の中には、なにが入っているのですか。いや、もちろん、それは秘密なんでしょうが、お預りする以上、その中身のことがいくらか解っていないと、保管するにしても、持ちはこぶにしても、用心の仕方がありますからね――
 と、これは、私がいったのである。すると博士は、怒ったような顔になって、しばらく呻《うな》っていたが、やがて強《し》いて自分の気分をほぐすように、広い額をとんとんと叩き、
 ――なるほど、そういわれると、君たちのいうことは尤《もっと》もだとおもう。ではいうが、これは絶対に他人に洩らしてはならない。じつはこの二本の黒い筒の中には、わしが生命をかけて完成した或る兵――いや、或る器械の研究論文が入っているのだ。ここへ書いて置いては、焼けてしまうか、失ってしまうかだ。だから、君たち二人に委《まか》して、いざというときには、持ってにげてもらおうとおもう。殊《こと》に、これがドイツ側の手にわたることを、わしは、極端にきらいかつ恐れる。そういうことがあれば、天地が、ひっくりかえる。すべてがおしまいになる!
 博士は、蒼《あお》い顔をしていった。
 ――博士。なぜドイツ側の手に入ると、万事《ばんじ》がおしまいになるのですか。一体、どんなことが起るのですか――
 と、私は、博士のおもっていることを、もっとはっきりしたいと考え、追窮《ついきゅう》した。
 ――それ以上、いえない。なんといっても、いえない。――
 そういったきり、博士は、頑《がん》として、そのあとのことを喋《しゃべ》ろうとはしなかったのだ。
 ぐ
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