に、灯が点く設備があるなどということを、きいたことがない」
「わかっているじゃありませんか。このベン隧道の下には、どこに国の人々が働いているかを考えれば……」
ニーナは、なまいきな口をきく。やっぱり、ドイツ軍に属する第五列のスパイの手によって、昨夜、ベン隧道のうえに、あのまぎらわしい灯火《とうか》が点けられ、そして私は、まんまとそれにあざむかれて、こっちへまよいこんだのであろう。
「で、私は、だれに、助けられたのかね。君かね、ニーナ」
「あたしじゃないわ」
「じゃあ、誰?」
「フリッツ大尉《たいい》よ」
「フリッツ大尉って、誰だい」
そういっているところへ、うしろの扉が、ぎいーッと開いた。
「あ、フリッツ大尉よ」
ニーナが、私の横腹《よこばら》をついた。私は、フリッツ大尉の、いかめしい軍服姿に、すっかり気をうばわれてしまった。
「おう、どうだ、君の傷のいたみは?」
「ええ、大して痛みません」
「そうか、痛みだしたら、またいいたまえ。注射をうってあげよう」
フリッツ大尉が、傷の手あてのことまで、やってくれたものらしい。
「ところで、君は、何国人《なにこくじん》かね。ニーナには、よく分らないらしい」
「中、中国人です。センという姓です」
私は、うそをいった。
「なんだ、中国人か。ふふん、やっぱり中国人だったか」
と、フリッツ大尉は、失望したような口ぶりだった。
「おい、セン。お前は、モール博士と知り合いなのか」
「いいえ、知りませんなあ、モール博士などという人は」
私は、つづいて、うそをいった。身の安全のためには、博士との関係をいわない方がいいと思ったからだ。なぜといって、博士は、あれほどドイツおよびドイツ軍をきらっていたから。
「じゃ聞くが、あの黒い筒は、どうしたのか。お前の持っていた筒のことだよ」
フリッツ大尉は、私を睨《にら》みすえるように、いった。
(ははあ、大尉が、筒をあけて、あの中身を、写真にとってしまったんだな)
と、私は、はじめて知った。
「あの筒は、拾ったものです。なんだか、いいものが入っているように思ったので、持っていたのです」
私は、またもや、うそをいった。そういうより、仕方がないではないか。
「ふふん。まあ、そうしておいてもいいと……」
が、フリッツ大尉は、拳《こぶし》で、自分の背中をとんとんと叩《たた》きながら、
「とにか
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