はありませんか)
(なるほど、これア卓越した方法ですネ)
 と丘署長の声が感嘆した。
(この方法で、六人の犠牲者はうまく片づけられたのです。当夜強い西風が吹いていたことは、署長のお持ちになった測候所の風速及び風向きの報告で証明されます。七人目の犠牲者も、同様に気球に載せられ天空高く揚げられたのでした。そして同様にして粉砕屍体は気球の上から湖面へ向けて撒かれたのです。しかし前の六回のときとは違って、二つばかりの誤算が入ってきました。それは犯人のために、実に不幸な出来ごとでありました。
 二つの誤算――その一つは、撒いているうちに、それまで吹いていた西風が急に向きを南西に変えたことです。それがためどんなことが起ったかと云いますと、今まで真東へ飛んでいた人間灰は改めて北東へ流され、遂にその一部は、右足湖の北岸に墜落したのです。ごらんなさい。この壜に入っている異様な赤黒い物こそ、今日私が北岸へでかけて採集してきた七人目の犠牲者の肉片《にくへん》です)
 田熊社長は、電話で話は盗めても、その人肉《じんにく》の入った壜を盗視できないことをたいへん口惜《くやし》がった。
(もう一つの誤算は……)と例の声は云ったが、そのとき思いがけない「呀《あ》ッ」という叫び声が聞えた。(……こりゃ可笑しい。こんなところに変なものが……)とまでは聞えたが、そのあとはガチャリという音を残して、何も聞えなくなってしまった。
 田熊社長は、惜しいところで盗聴器が聞えなくなったので、顔を真赤にして口惜がった。すぐさま、再び工夫を呼んで直させたが、五分ばかりして彼等は、恐《おそ》る恐る社長の前へ罷《まか》りでて、云ったことである。
「社長さん、もういけません。向うの方で秘密送話器を切ってしまいました。この方法じゃ盗み聴きはもう駄目です」
 社長は万事を悟って、苦が笑いをした。
「じゃこれから、空気工場へ出かける」
 道々田熊社長は腕組をしながら、あの盗聴から得たさまざまの興味ある疑問について考えた。
「丘署長と、話をしていたのは一体誰だろう。大分腕利きらしいが、あんな男がK署に居《い》たかしら?」
 どう考えても、そんな気の利いた人物は考え出せなかった。その疑問は預《あず》かりとしておいて外《ほか》にも疑問の種があった。
「話によると、どうやら犠牲者の屍体を粉々に砕いて、気球の上から撒くいう仮定を考えている
前へ 次へ
全19ページ中10ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング