い。
さらにおどろいたことは、この道路のうえに、自動車みたいな乗り物が一つも見えないことだ。そして人間が、まるで弾丸のように、しゅっしゅっと走っている。その速さといったら、たいへんなものである。
「ずいぶん、あの人たちは、駈けだすのが速いですね」
とフルハタが赤毛布のような歎息をはなつと、チタ教投はまたほほほと笑って、
「ちがいますよ、フルハタさん。あれは人間が駈けだしているのではなくて、道路が動いているのです。昔の道路は、じっと動かないで、そのうえに自動車だとか列車とかが走っていたそうですね。今の道路は、いずれも皆、快速力で動いているのです。人間がその上にのれば、どこまででも搬んでくれます」
「道路が動くなんて、たいへんな仕掛けだ。動力だけ考えても、ちょっと算盤がとれまいし、第一資源が……」
というと、チタ教授はそれをさえぎって、「いや、今の世の中には、エネルギーはいくらでもあるのです。物質をこわせばいくらでもエネルギーはとれるのです。しかも昔とは比較にならぬ巨大なエネルギーなんです。そんなことは心配いりません」
フルハタは、なるほどと感心した。動力の心配のいらない世の中になったのだ。人類はなんという幸福な日を迎えたのだろう。
そこでフルハタは、一つの重大な質問をチタ教授に向けることを考えついた。
「ねえ、チタ教授。今の世の中でも、戦争はありますか」
「戦争? ええ戦争はありますとも」
そういっているところへ、街中をつきぬけるような大きな声が、ひびきわたった。なにごとか早口で喋っている。チタ教授の顔が、すこし硬ばったようだ。
その大きな声がやんだところでフルハタはたずねた。
「今のは、どうしたというのです。あの大きな声は、やはり高声器ですかね」
「そうです。移民指令部からの知らせなんです。ある番号までの人間は、早く地上へのぼって、移民ロケットの前に集まれというのです」
「ははあ、するとここは地上じゃないのですか」
「そうですとも、地下五百メートルのところですよ」
「地中街というわけですね。チタ教授、私は地上を見たいのですが、どんなふうに地上の様子が変ったかを早く知りたいのです」
「だめ、だめ」と教授は言下にフルハタの願いをしりぞけた。「地上へは命令された人のほか、出られないのです。移民は、命令ですから、ああして上へ出られるのです」
「移民て、どこへ移民するのですか」
「金星へゆくんです。定期的に、地球上の人類をどんどん金星へ送っています」
「へえ、金星。あの星の金星へですか」とフルハタはびっくりした。「とうとう星へ旅行のできる日が来たのか」
「うまくゆけば、もうあと三ヵ月のうちに、地球上の人間はすっかり金星へうつってしまいます」
「えっ、すると地球は空っぽになるのですか。いったいそれはどうしたわけです。この尊い地球を捨てるなんて」
「あとちょうど一年たてば、地球はエックス彗星と衝突して、めちゃめちゃに壊れることが分っているのです」
「はあ、なるほど、彗星との衝突ですか」とフルハタはうなずいたが、「それで地球から移民の必要があるんですね。それなら、金星などゆかないで、地球と気候もいちばんよく似た火星へゆかないのはどうしたわけです」
するとチタ教授は、今までにない険しい目をして、フルハタをふりかえりながら、いったことである。
「あなたも古いだけあって頭脳がわるいのね。いま地球の人類は、火星の生物と戦争しているのじゃありませんか。われわれが金星移民を計画したとたんに、火星生物は妨害をはじめたのです。だから移民ロケットも、今までに七パーセントが金星についたばかりで、他の九十三パーセントのロケットは、みんな火星生物のためロケットはやぶられ、人類は惨殺されてしまったのですよ。なにしろ火星の生物の方が、悪がしこいのだから仕方がありません。いや、人類はもっと早く宇宙戦争に対して準備をすすめておくべきだったと思いますわ。地球上の人類だけがこの広大なる宇宙でいちばんかしこい生物だと思っていたのが、たいへんな自惚れなんですからね」
フルハタは、さっきチタ教授が、「戦争はありますわ」といった戦争は、この宇宙戦争を指していたのだと、はじめて気がついた。
底本:「十八時の音楽浴」早川文庫、早川書房
1976(昭和51)年1月15日発行
1990(平成2)年4月30日2刷
入力:大野晋
校正:もりみつじゅんじ
2000年1月11日公開
2006年7月20日修正
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