るところだった。
そのとき五助は、彦太の足もとに小さい手帳が落ちているのを見つけたので、それは彦太が落としたものだと思い、彦太に注意をした。彦太はそれを拾い上げたが、それは彦太のものではなかった。
「ぼくんじゃないぞ」
「じゃあ誰のだろう」
「へんだねえ。こんなところに手帳を落とした者がいるなんて……」
二人は顔をよせて、その手帳のページをひらいて中をしらべた。
「あ、これは兄さんのだ」
「えっ、一造兄さんの手帳かい」
「そうだとも。文字に見おぼえがあるし――あ、ほら、そこにほくの名が書いてある」
なるほど、五助のいうとおりだった。『五助よ、気をつけよ、危険がせまっている、早くふもとへ引きかえせ……』
「あ、兄さんが、危険をぼくらに知らせているんだ」
「そうだ。よし、先を読もう」
二人はこわさも忘れて、その手帳にかじりつくようにしてその先を読んだ。それには次のようなことが走り書になっていた。
――五助よ、気をつけよ、危険がせまっている、早くふもとへ引きかえせ。
兄さんはゆだんをしていて失敗した。きょう(十二月二十五日)兄さんがかんそくしていると、とつぜん穴の奥がくずれる音がしたと思う間もなく、奥から怪しい灰色の人ともけだものともつかぬものがはいだしてきて、兄さんに組みついた。兄さんはこれを相手にたたかい、はじめのやつはたおした。しかしあとからまたぞろぞろとはいだしてきて、兄さんにかかってきた。すごい力の奴だ。兄さんはついにピストルをうった。それでようやく相手はひきさがったが、兄さんはざんねんにも両足を折られてしまって、動けなくなった。そこで手だけを使って穴を出ようとしたが、どうしてもだめだった。穴の中では電池がたおれ硫酸《りゅうさん》がこぼれているうえに、水でぬかるみとなり、しかも穴の外は高くなっていてとてものぼれない。ざんねんだ。お前の来てくれることを祈っている。
いったい何奴《なにやつ》だろう、思いがけなく穴の奥から現われた奴は?
人間とは思われない。からだは人間の二倍ぐらいもあり、灰色の毛がからだ中に生えていた。しかしけだものでもないと思う。ちゃんと両足で立ち、声を出して話をし、穴の上を蝙蝠《こうもり》のようにとぶのを見た。足は蛙《かえる》のように見えた。そしてくさい。なにか、瓦斯《ガス》みたいなものを出すのだ。たしかに高等な生物だ。
いったい何者だろうか。
そうだ、あれかも知れない。あれというのは、地球が四回氷河期をむかえたが、その前にこの地上にすんでいた高等生物の子孫ではないかと思う。その当時、彼らのあるものは地上がさむくなったため、地中へにげこんだのだ。そしてそれ以来ずっと地中で何万年もくらしていた前世紀の生物じゃないかと思う。それがひょっくりこの穴の奥から出て来たのではあるまいか。ふしぎなことだが有り得ないことでもないと思う。
そういえば、兄さんがこれまでにこの穴で地中を伝わる震動をかんそくして来たが、どうもあたりまえの地震ではないところのへんな震動が交っていた。兄さんはその謎をとこうと思い、誰にもいわないでその研究をつづけて来たわけだが、それはついにこのような悲劇をむかえることとなった。なにごとも運命である。――だが、兄さんはまだ息があるうちに世界中でまだ誰も知らない地中怪人族を見ることができて、うれしいと思う。この怪物どもだよ、青髪山の魔神といわれていたのは。あの足あと、あのあやしい空中飛行……。
みなで警戒しなければならない。もっとりっぱな研究者たちをここへ送るようにせよ。十分に警備隊をおいて、けがのないようにせよ。相手はなかなかゆだんがならない怪物だよ――
あっ、また怪物どもがおしよせて来たようだ。兄さんはもう助からない。ピストルの弾丸のつづくかぎりうって――もう二発しかないが――あとは彼らにからだをまかすしかない。さよなら五助。みんなによろしく。
[#地から3字上げ]一造
「ああ、かわいそうに。君の兄さんは最後のピストルを二発うって、怪物につかまったんだよ。ぼくらがもっと早く来ればよかった」
「いや、ぼくらが早く来れば、ぼくらもまた怪物につれていかれたかもしれない。兄さんはぼくたちの生命をすくってくれたことになるんだ」
「なるほど、そうだったね。五助ちゃん、もっと奥を探してみようか」
「いや、よそう。兄さんは、危険だから早くふもとへひきあげろと書置《かきおき》してある。さあ早く穴を出ようや」
「そうかい、ざんねんだなあ」
二少年は、思い切って穴から外にはい出した。ところが、そのすぐあとで、どういうわけか、とつぜん地鳴りとともに大山つなみが起った。そして穴のあったところはすっかり岩石の下にうまってしまった。二少年は生命《いのち》からがら山をかけ下って、ふもとの村へかえりつい
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