ませんでしたか」
「疑えば疑えないでもありませんが、よくは存知《ぞんじ》ません。唯、兄と姉とが、勝見のことで変に皮肉な言葉のやりとりをしているのを一二度、耳にしたことがございました」
「いや、よく判りました。おっつけ勝見を呼び出しますから、一層事実がわかることでしょう」
 尾形警部は、その上で、笛吹川画伯や兄や私について、詳細をきわめた質問をしたそうです。百合子は、これから力になって貰いたいと思う勝見に、香《かんば》しくない疑惑のあるのを情けないことに思いました。この上は、もはや、印度《インド》洋あたりを航海している筈の私の帰朝の一日も早いことを祈らずにはいられなかったのです。しかし彼女は始めて私に会うわけなのですから、私という男がどんな人間であるかも判りかね、幾分の不安を伴うのでありました。
 尾形警部は勝見の引致が大変手間どれるのに苛々していました。警部は、勝見を兄夫妻殺しの犯人と睨《にら》んでいたのでした。ホテルで嫂と一夜を明かしたものは、勝見であるに違いはないのです。勝見を訊問することにより笛吹川画伯の頓死に溯《さかのぼ》り、赤耀館事件の一切が明白になると考えて、夜の目も睡られぬほどに興奮していました。
 ところが予定よりも数日おくれて、勝見を迎えにやった腕ききの刑事が、狐につままれたような顔をして尾形警部の前にぼんやり立ちました。
「どうしたんだ、勝見はどうしたんだ?」尾形警部は気の短かそうな声を張りあげたのでした。
「どうもおかしなことになりました。私は早速《さっそく》、彼奴の郷里である岡山県のS村に行きましたが、彼奴の居所がさっぱりわからないのです。村の人達にきいてやっと知れたことは、勝見は病気のため村を去ったそうです」
「病気? そしてどこへ行ったのか?」
「村人の話では、肉腫《にくしゅ》が出来ていたそうで、実に気の毒なことだと言っています。行先は村役場できくことが出来ましたが、K県の管轄になっている孤島であります。療養所が設けられてあるところだそうです。私は思い切ってその島を尋ね、勝見に会って来ましたが、気の毒なものです。しかし勝見の写真で見覚えのある面影があった上に、赤耀館のことも何から何までよく知っていましたから、勿論勝見に違いありません。そんなわけで彼奴をひっぱって来ることは、絶対に不可能なんです。それにひっぱって来たって駄目なことが判りまし
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