なつか》しいものである。三間先のコンクリート壁体《へきたい》を舐《な》めるようにして歩いていた帆村は、四ツ角を見付けると嬉しそうに両手をあげ、まるでゴールのテープを截《き》るような恰好をして、蹣跚《よろ》けていった。そのとき私は後からそれを眺めていて、急にハッとしたのだった。
――その四ツ角へ、別の横丁から、おかしな奴がノコノコやってくる!
その姿は、本当には薩張《さっぱ》り見えないのだ。それにも拘《かかわ》らず、見えない横丁に歩いている人間の姿が見えたような気がした。いや、矢張《やは》りハッキリと見えたのだ。それは不思議なようで、別に不思議はないことだ。私達のように永年《ながねん》都会に棲《す》んで、極度に神経を敏感以上、病的に削《けず》られている者は、別に特殊な修練《しゅうれん》を経《へ》ないでも、いつの間にか、ちょっとした透視《とうし》ぐらいは出来るようになっているのだった。これはいつも、そういう話の出たときに、私の言う話であるが、試《こころ》みに諸君は身体の調子のよいときに、ポケットの懐中時計をソッと掌《て》のうちに握って、
(はて、いま何時何分かなァ――)
と考えてみたまえ、すると目の前に、白い時計の文字盤が朦朧《もうろう》とあらわれ、短い針と長い針の傾きがアリアリと判るのだ。そうして置いて、掌《てのひら》を開き、本当の文字盤を見る。果然《かぜん》! 一分と違《たが》わず二つは一致している――これでも諸君は信じないというか?
四ツ角では、帆村ともう一人の黒い影とが、縺《もつ》れあっているのだった。
私は、応援してやりたい気持一杯で、ペイブメントを蹴って駈けだしたのであるが、駈けるというよりは、泳ぐというに近かった。
「ぼぼぼ僕は、いいい生きているでしょうか」
と帆村の前に立つ怪《あや》しの男が、熱心に尋《たず》ねている。
帆村は、その男に胸倉《むなぐら》をとられたまま、
「ウウ、ううウ」
と低く呻《うな》っているばかりだった。
「ちょいと、僕の身体を触ってみてください。この辺を触ってみて下さい」
泣かんばかりに彼《か》の男は喚《わめ》くのであった。そして帆村を離すと、ベリベリと音をさせて、われとわがワイシャツを裂《さ》きその間から屍《しかばね》のように青白い胸部を露出させた。私は、初めてその男の姿をマジマジと観察したのだったが、思ったより
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