は大丈夫かね。まちがいなしかね。本当に腸《はらわた》を用意しておいてくれたんだね。――南から三つ目の窓だったね。もしまちがっていると、僕は考えていることがあるんだぜ。そいつはおそらく君に職を失わせ、そしてつづいて食を与えないことになろう。――いやおどかすわけではない。君は常に、はいはいといって僕のいいつけをきいてりゃいいんだ。――行くぜ。きっとさ。夜の十一時だったな」
そこで彼は、誰が聞いてもけしからん電話を切った。
熊本博士といえば、世間からその美しい人格をたたえられている○○刑務病院の外科長であった。彼は家庭に、マネキン人形のように美しい妻君をもってい、またすくなからぬ貯金をつくったという幸福そのもののような医学者であった。
しかしなぜか吹矢は、博士のことを頭ごなしにやっつけてしまう悪い習慣があった。もっとも彼にいわせると、熊本博士なんか風上におけないインチキ人物であって、天に代って大いにいじめてやる必要のあるインテリ策士であるという。
そういって、けなしつけている一方[#底本では「けなしている一方」]、医学生吹矢は、学歴においては数十歩先輩の熊本博士を百パーセントに利用し、すくなからぬその恩恵に浴しているくせに、熊本博士をつねに奴隷のごとく使役した。
「腸《はらわた》を用意しておいてくれたろうね」
さっき吹矢はそういう電話をかけていたが、これで見ると彼は、熊本博士に対しまた威嚇手段を弄しているものらしい。しかし「腸《はらわた》を用意」とはいったいなにごとであるか。彼はいま、なにを企て、そしてなにを考えているのであろうか。
今夜の十一時にならないと、その答は出ないのであった。
三番目の窓
すでに午後十時五十八分であった。
○○刑務病院の小さい鉄門に[#底本では「小さな鉄門に」]、一人の大学生の身体がどしんとぶつかった。
「やに早く締めるじゃないか」
と、一言文句をいって鉄門を押した。
鉄門は、わけなく開いた。錠をかけてあるわけではなく、鉄門の下にコンクリの固まりを錘りとして、ちょっとおさえてあるばかりなのであったから。
「やあ、――」
守衛は、吹矢に挨拶されてペコンとお辞儀をした。どういうわけかしらんが、この病院の大権威熊本先生を呼び捨てにしているくらいの医学生であるから、風采はむくつけであるが熊本博士の旧藩主の血かなんか[#
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