本では「常温常湿度」]の大気中で、ぐにゃりぐにゃりと活撥な蠕動をつづけていた。
 医学生吹矢隆二は彼の考案した独特の訓練法により、世界中のいかなる医学者も[#底本では「いかなる医学生も」]手をつけたことのなかったところの、大気中における腸《はらわた》の生存実験についに成功した[#底本では「生存実験について成功した」]のであった。

     同棲生活

 医学生吹矢は、目の前のテーブルの上に寝そべる生ける腸《はらわた》と、遊ぶことを覚えた。
 生ける腸《はらわた》は、実におどろいたことに、感情に似たような反応をさえ示すようになった。
 彼はスポイトで[#底本では「彼がスポイトで」]もって、すこしばかりの砂糖水を、生ける腸《はらわた》の一方の口にさしいれてやると、腸《ちょう》はすぐ活撥な蠕動をはじめる。そして間もなく、腸《ちょう》の一部がテーブルの上から彼の方にのびあがって、
「もっと砂糖水をくれ」
 というような素振りを示すのであった。
「あはあ、もっと砂糖水がほしいのか。あげるよ。だが、もうほんのちょっぴりだよ」
 そういって吹矢は、また一滴の砂糖水を、生ける腸《はらわた》にあたえるのだった。
(なんという高等動物だろう)
 吹矢はひそかに舌をまいた。
 こうして、彼が訓練した生ける腸《はらわた》を目の前にして遊んでいながらも、彼は時折それがまるで夢のような気がするのであった。
 前から彼は、一つの飛躍的なセオリーをもっていた。
 もしも腸《はらわた》の一片がリンゲル氏液の中において生存していられるものなら、リンゲル氏液でなくとも、また別の栄養媒体の中においても生存できるはずであると。
 要は、リンゲル氏液が生きている腸《はらわた》に与えるところの生存条件と同等のものを、他の栄養媒体によって与えればいいのである。
 そこへもっていって[#底本では「そこにもっていって」]彼は、人間の腸《はらわた》がもしも生きているものなら、神経もあるであろうしまた環境に適応するように体質の変化もおこり得るものと考えたので、彼は生ける腸《はらわた》に適当な栄養を与えることさえできれば、その腸《はらわた》をして大気中に生活させることも不可能ではあるまい――と、机上で推理を発展させたのである。
 そういう基本観念からして、彼は詳細にわたる研究を重ねた。その結果、約一年前になってはじめて自
前へ 次へ
全13ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング