が、わたくしが科学者であるというのを口実《こうじつ》にして、わたくしには関係のない事柄にまで科学的意見を徴《ちょう》されたことが、随分と多うございますのです」(上目黒《かみめぐろ》の笹木邸内新宅に於て)
「僕は帆村荘六《ほむらそうろく》です。僕は或る本職を持っている傍《かたわら》、お恥《はず》かしい次第ですが、『素人《しろうと》探偵』をやっています。無論、その筋の公認を得て居りまして、唯今の捜査課長の大江山も、僕を御存知です。こんどの殺人事件は別に依頼をうけたわけではありませんが、始終注意しています。ひょっとすると、事件の成行次第《なりゆきしだい》で、第一線に立たなきゃならないかも知れません。僕はこの事件に、非常な魅力を感じています」(電話にて)
「あたくしは、赤星龍子《あかぼしりゅうこ》と申します。あたくしは、自分自身のことを余り申上げる気が致しません。そのために疑いが深くなっても仕方がありません。こんな事件に、何《な》にも罪のないあたくしみたいなものが引込まれるなんて、あたし一生の不運だと思っていますわ、なんでもいいんです」(東京郊外、渋谷町《しぶやまち》鶯谷《うぐいすだに》アパートにて)
「大江山警部。年齢三十七歳。警視庁刑事部捜査課長。在職満十年。今回|省線《しょうせん》電車内に起りたる殺人事件は、本職を始め警視庁を愚弄《ぐろう》することの甚《はなは》だしきものにして、爾来《じらい》極力《きょくりょく》探索《たんさく》の結果、此程《このほど》漸《ようや》く犯人の目星《めぼし》を掴《つか》むことを得たるを以て、遠からず事件解決の搬《はこ》びに至るべし。なお本職を指して米国《べいこく》市俄古《シカゴ》の悪漢《ギャング》団長アル・カポーンに買収されたる同市警察署長某氏に比するものあるは憤慨《ふんがい》を通り越して、そぞろ噴飯《ふんぱん》を禁じ得ざるなり」(警視庁において、タイプライターでうった原文を手交《しゅこう》)
     *   *   *
 さて「射撃手」事件の、そもそも発端《ほったん》は、次のようだった――


     2


 もう九月も暮れて十月が来ようというのに、其の年はどうしたものか、厳しい炎暑《えんしょ》がいつまでも弛《ゆる》まなかった。「十一年目の気象の大変調ぶり」と中央気象台は、新聞紙へ弁解の記事を寄せたほどだった。復興新市街をもった帝都
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