として、音楽浴のはじまるのを待った。
博士コハクは中年の男性――漆黒の長髪をうしろになでたようにくしけずり、同じく漆黒の服を着ている。身体はすんなりとして細く、背は高いほうだ。上品な顔立ちをもち、心もち青白い皮膚の下に、なにかしら情熱が静かに、だがすこやかに沸々と泡を立てているといったようにみえる。博士は腰を螺旋椅子の奥深くに落し、膝の上に肘をついて、何か思案のようであった。ときどき眼窩の中でつぶらな瞼がゴトリと動いた。その下で、眼球がなやましく悶えているものらしい。
男学員ペンは、女学員バラと同じように若い。ペンは隣りに腰をかけているバラのほうへソロソロと手を伸ばし、彼女に気づかれないように、バラのふくよかなる臀部に触れた。
ピシーリ。
女学員バラの無言の叱責だ。
ペンの手の甲が赤く腫れあがった。それでもペンの手は哀願し、そして誘惑する。
バラの手がペンの手の甲にささやいた。
「もうあと二時間お待ちよ」
と、ペンの手は執拗に哀訴する。
「僕は二時間たたないうちに、いなくなるかもしれないのだ。だから君よ、せめて今……」
「しっ。戒報信号が出たわよ」
高声器が廊下に向って
前へ
次へ
全62ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング