シア区に、突然爆撃戦隊が乗りこんできた。まるで泥流のように、疲労し困憊しきったその夥しい戦隊の兵士たちが……。ペンとバラはびっくりして蝙蝠のように壁ぎわにへばりついた。
戦隊長の号令によって、第十室の扉を破壊する工作が始められた。いつもは一人で間にあう仕事が、今は二十人でも間にあわなかった。酸水素焔焼切り器につかまったまま、意気地なく絶命する者が続出した。ちょっとした労働が、彼らの弱りきった心臓をパタリと停めてしまうのだった。
女大臣は自室にいて、刻々と伝わってくる報告を取りあげ、ますます不機嫌になっていった。扉の前に死屍は累々として、今は扉を開くどころか死体を持ちだすことさえならなくなったと聞き、女大臣アサリ女史はついに予備隊として待機させてあった索敵戦隊に進撃命令を下した。
だが、同じような重病患者の寄りあい世帯のような索敵戦隊に何が望めるというのだろう。
それでも扉はやっと破壊できた。しかしその扉の奥に、また別の扉が厳然と閉っているのを見たとき、索敵戦隊の勇士たちは稲束が風に倒れるように、ヘタヘタと尻餅をついてしまった。
女大臣は国民戦隊を編成させて出発させた。その後にも第二次第三次の国民戦線が送られた。しかし第十室の出入口はビクともしなかった。
彼等を激励するために、ミルキ国の音楽がたえず奏せられたけれど、彼等にとって極量を超えた刺戟物は、激励するどころか、いたずらに昏倒を促進させるばかりだった。――そうして、ついに力のあるミルキ国の人間は、ミルキ閣下と女大臣アサリとの二人きりになった。
女大臣は、それでも進撃の号令をやめようとはしなかった。彼女は物につかれた人のようであった。
二人はついに部屋を立ちいでて、廊下づたいにアリシア区に進撃していった。二人は始めて音楽浴の洗礼を受けた。二人はそれを快く感じた。しかし進んでゆくほどに、その急ピッチの音楽浴が二人の脳髄を次第々々に蒸していった。嘔吐を催すような不快感がだんだんと高まってきた。ついに二人は、転げこむようにアリシア区の入口を入った。
鬼哭啾々、死屍累々。二人は慄然としてあたりを見廻した。開かぬ扉は奥のほうに二人を嘲笑するように見えていた。
「行くか」とミルキ閣下が訊いた。
「行きましょう」とアサリ女史が言下にこたえた。
「ではその扉に突進しよう」
「ええ、それでは」
どんな目的の下に扉に突進するか、それさえ今は二人にわかっていないようであった。ただ殉国者の意気に燃え、自らかけた号令に服して、ミルキ国最後の二人は鉄扉に向って敢然とぶつかっていった。
その刹那、二人は黄色い火花に全身を包まれたと感じた。それが最後だった。二人は崖から飛んだように意識を失った――その瞬間にこの部屋は、百年もたった墓場のような静けさに還っていった。
だがこのとき、誰かが耳を澄ましたなれば、轢々と地底深く何物かを引きずるような怪しき物音が聞えてくるのに気づいたろう。その怪音は、厚い壁をとおして、地底から盛りあがるようにだんだんと大きくなっていった。やがてカンカンと金属性の音がしたかと思うと、不思議にも今まで大厳石を据えつけてあるように見えた正面の黒い第十室の鉄扉が静かに内部に向って徐々に動きだしたのである。何者が扉を開いているのだろう。
何者が扉の内側にいるんだろう。
開かれた第十室の入口から悠然と姿を現わしたのは誰でもなく、それは死んだとばかり思われていた博士コハクその人だった。彼はまるで甲虫そっくりな奇異なる甲冑姿で現われた。その後にはアネットに似た人造人間が、無慮五百体もズラリと静粛につき従っていた。
博士は甲冑に取りつけた第一の目盛板を廻した。博士の肩のところの放電間隙にボッと薄赤い火が飛んだ。すると今まで遠方に聞えていたミルキ国の音楽浴のメロディーが、スイッチをひねったようにパタリと停った。
次に博士は第二の目盛板を廻した。博士の後に従っていた人造人間が、無言のまま博士の横をすりぬけて行列正しく表に出ていった。そのうちの二人はペンとバラに代って、この室に居残った。人造人間はそれぞれミルキ国人に代って、枢要なる配置についたのだった。
博士は今や第三の目盛板を廻した。
すると、静かな、そして爽やかなメロディーが流れてきた。
間もなく室内のテレビジョン電話のスクリーンに一人の人造人間の顔がうつった。彼は博士の方を向いて口を開いた。「ミルキ国の法令できめられた音譜は、完全に破壊されました。それに代って、人間讃美の音楽浴が始められました」
博士は静かに肯いた。新しい人間性の讃美の音楽浴! 累々たるミルキ国の屍人たちはその新しい音楽浴を聞いて甦るのであろうか。
しかし冷たくなった死屍は、墓石のように動かなかった。
博士コハクは壮大なる操縦盤の置かれた、
前へ
次へ
全16ページ中15ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング