は、まさしく吾がミルキ国に向って直進中なることを知りたり。而してロケット艦とわがミルキ国との出会時日は明後日の二十三時なりと推定す」
 火星のロケットの襲来! 火星の民族が攻めてくるだろうとは、数世紀前から想像されていたことである。その恐怖すべき来襲の幕はいよいよ切って落とされたのだ。
 そういえば、この旬日、発信局の知れない電波信号が盛んに受信器に混信すると思っていた。それは火星のロケット艦から発したものにちがいなかった。只今天文部は、電子望遠鏡の中に彼の姿をキャッチしたのだった。
「もし火星からの来襲があれば、それは決して平和的なものではない」とかねて博士コハクは断言していた。その恐怖が今や蔽うことのできない厳然たる事実となって現われたのであった。火星の強襲の目的はどこにあるのだろうか。ミルキ国の住民たちは、それがミルキ国の地底深く埋まっている無尽蔵の黄金層にあるのだと思っていた。いつの世にも、富を抱く者は、その富のために自ら消えなければならなかった。
 さしせまる国難に、女大臣アサリとミルキ閣下の対立も、自然解消するよりほかなかった。
「閣下、明後日にせまる火星ロケット艦の到着を今まで気がつかなかった天文部員の怠慢を、一つ大いに責めなくちゃならんと思いますわ」
「そんなことは後でゆっくり考えることだ。それよりもそのロケット艦が、どんな攻撃武器を積んでいるかを観測させ、一刻も早く報告させた方がいいだろう」
 そういっているとき、天文部からの報告が伝声管を通じて入ってきた。部長ホシミの声だった。
「――観測が困難を極めております。はい」
「一体どうしたんだネ。わたしは貴下の愛国心を疑うよ」
「いいえ、女大臣アサリどの。部員一同、愛国心には燃えているんです。寧ろ昂奮し過ぎています。だから観測装置をあやつらせても、落ちついて精密な観測をやり遂げる者がいません。日頃の熟練ぶりに比して、五十%ぐらいの能率しか発揮し得ないのです」
「人間て、なんてだらしがないんだろう。では、貴下が自ら観測したらどう?」
「私とて同じことです。どうも頭脳が麻痺しているようです」
「ではもう一度、音楽浴をかけようかネ」
「いやそれはいけません。音楽浴が私どもの頭脳を麻痺しているんですから」
「ちぇッ。この上の弁解は聞きませんよ。そして貴下たちがその職責を尽さなかったときには、わたしはすぐに刑罰吏を派遣しますよ」
「女大臣どの。博士コハクと同じように、私に死刑を与えて下さるのでしたら、只今でも結構ですよ。将来これ以上に劣等化する自分自身を発見するよりは、むしろ早く死んでしまった方が幸福です」
「お黙り、ホシミ。お前は只今より部長の任を解いて監禁します。天文部長は次席のルナミに嘱任します」
「ああルナミ。あの可哀想なルナミに天文部長は勤まりません」
「なぜ? それはなぜです」
「あの肉体も精神も弱いルナミは、音楽浴にすっかりのぼせ上ってしまって、観測などをするどころか、咽が裂けるような声で愛国歌を唄っては天文部の貴重な器機を片ッ端からスパナーでガチャンガチャン壊しては暴れ廻っています。あいつは音楽浴の刺戟にたえきれないで、可哀想に発狂してしまったんです」
「そんな莫迦な。――すぐわたしが行って見てやります。お前は嘘をついてわたしをおどそうとしているのだ」
 通話は、そこでとだえた。
 女大臣アサリ女史は身仕度にとりかかった。
 ミルキ閣下は心配げな顔をして、アサリの背後に近づき、「君が天文部へ行ってしまっては困るネ、それより、一刻も早くロケット艦の襲来に対して、索敵及び爆撃戦隊に命令を下して、戦闘準備を整えなきゃ間にあわないぞ」
 アサリ女史は、ぷんと頬をふくらました。それでも彼女は外出をやめて、早速索敵戦隊長と爆撃戦隊長のところへテレビジョン電話をかけた。
 しかし受影スクリーンには探す二人の姿は現われず、只空虚な四角い壁だけが映っていた。
「どうしたんだ、二人とも」
 とミルキ閣下が言った。
「いえ、只今丁度十時の音楽浴が始まっているところなんですよ」
 なるほど音楽浴のメロディーが遠くかすかに鳴っている。二人の隊長は、音楽浴の法令に従うため、廊下に[#「廊下に」は底本では「廓下に」]出てめいめいの座席についているのだった。ミルキ閣下は憤激の色を表わし、
「なんだ。困るじゃないか。戦闘準備をよそにして音楽浴に漬からせとくのかネ。この非常時に国民全体が部署を捨てて音楽浴をやっているなんて、そんなべらぼうな話はありゃしない」
「そんなことはありません。そうでもしなければ国民全体をこっちの自由にあやつることは出来やしませんわ」
「君は、火星のロケット艦が毒ガス弾を撃ちだしても、当国ではただいま音楽浴中だからそれが済むまでちょっとお待ち下さいっていうつもりだろう
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